第十話 頑固な長老と、四天王美少女への高圧洗浄
キャンピングカーに接続した大型空気清浄機の唸るような駆動音が、静かな森に響き渡っていた。
吐き出される清浄な空気が紫色の瘴気を次々と押し流し、エルフの森は本来の美しい緑を取り戻していく。
その浄化された道を通って、僕たちはついにエルフの隠れ里へと足を踏み入れた。
巨大な世界樹の根元に広がる集落は、自然と調和した芸術品のように美しい。
しかし、僕たちを取り囲むエルフの戦士たちの表情は険しく、冷ややかな敵意に満ちていた。
「人間どもよ、何用でこの神聖な森に足を踏み入れた。」
「立ち去れ、ここは薄汚い下等種族が来る場所ではない。」
集落の奥から、緑色の豪華なローブを纏った長い髭の老人が進み出てきた。
彼がこの村を束ねる長老なのだろう。
頑固そうな顔つきで、手にした杖で地面を強く叩いて威嚇してくる。
僕が一歩前に出て事情を説明しようとした時、隣にいたセラフィナが凛とした足取りで進み出た。
「長老よ、武器を収めるのじゃ。」
「この者たちはわらわの恩人であり、この森を救う希望であるぞ。」
セラフィナが顔を上げると、周囲のエルフたちから一斉にどよめきが起こった。
「ひ、姫様……。」
「おお、なんという神々しいお姿……。」
瘴気に当てられてパサパサになっていたはずの彼女の髪は、天使の輪を浮かべて眩く輝いている。
肌は陶器のように白く滑らかで、森の精霊すら嫉妬するほどの美貌を取り戻していたのだ。
長老も目を見開き、信じられないものを見るように震えている。
「姫様、そのお肌の輝きはいったい……。」
「瘴気で失われたはずの魔力が、以前よりも満ち溢れておりますぞ。」
「ふふっ、すべてはこの海斗の力じゃ。」
「彼がもたらした未知の霊薬が、わらわの美しさを蘇らせてくれたのじゃ。」
セラフィナは僕の腕に誇らしげに抱きつき、豊かな胸を押し付けてくる。
僕は苦笑しながら、【万物配送】のウィンドウを操作して、僕の後ろで稼働している大型の機械を指差した。
「あの機械が瘴気を吸い込み、綺麗な空気に変換しています。」
「皆さんの肌荒れや体調不良も、これで必ず解決できますよ。」
僕の誠実な言葉と、実際に森の空気が澄んでいく圧倒的な事実を前にして、長老の表情から敵意がスッと消え去った。
「なんと……人間がこれほどの奇跡を起こすとは。」
「非礼を詫びよう、海斗殿。」
「どうかこの森を、我らエルフを救ってくだされ。」
長老が深く頭を下げた瞬間、僕の脳内にシステム音が鳴り響き、膨大な【EP】が流れ込んできた。
集落全体からの感謝と信仰にも似た思いが、かつてないほどのポイントを叩き出している。
これでまた、いくらでも新しい現代物資を取り寄せることができる。
だが、和やかな空気に包まれたのも束の間だった。
突然、集落の外周を囲む見張り台から、エルフの悲痛な叫び声が上がった。
「て、敵襲です。」
「魔王軍の残党が、結界のほころびから侵入してきました。」
地響きと共に、ドス黒い瘴気を纏った異形の魔物たちが森の木々をなぎ倒して現れた。
そして魔物の群れの中心から、不気味なほど甘ったるい声が響き渡る。
「あーあ、せっかく私が作った可愛い瘴気が、綺麗にされちゃってるじゃない。」
「誰よ、私の傑作を台無しにしたのは。」
空から舞い降りてきたのは、露出の激しい紫色のボンデージ衣装に身を包んだ、妖艶な美少女だった。
背中には蝙蝠の羽が生え、手には毒々しい色の鞭を握っている。
【万物配送】の解析機能が、彼女の正体を弾き出した。
「あれは魔王軍四天王の一人、猛毒のリリスですわ。」
「彼女の放つ毒霧に触れれば、エルフの魔法も封じられてしまいます。」
沙織が緊張した面持ちで僕に耳打ちする。
事実、リリスが鞭を振るうと周囲に濃密な紫色のガスが散布され、エルフの戦士たちは咳き込んで次々と膝をついてしまった。
「ふふっ、この毒霧の中で息ができるかしら。」
「お前たち全員、ドロドロに溶かしてあげるわ。」
リリスが嗜虐的な笑みを浮かべて迫ってくる。
だが、僕は全く焦っていなかった。
潤沢な【EP】がある今の僕に、死角は存在しない。
「結衣、霞。」
「新しい武器の出番だよ。」
僕がスキルを発動すると、虚空から二つの無骨な機械が出現した。
現代の清掃業者御用達、超強力なエンジン式高圧洗浄機と、ドラム缶サイズの業務用アルカリ洗剤だ。
もちろん、洗剤は魔物の毒素を中和するように成分調整された特注品である。
「これ、どうやって使うの。」
結衣が洗浄機のノズルを構えながら目を輝かせる。
「トリガーを引くだけだ。」
「あの生意気な四天王を、徹底的に大掃除してやってくれ。」
「任せて。」
結衣と霞が同時にトリガーを引いた。
ドバババババッという爆音と共に、超高圧の水流が洗剤の泡を伴って一直線に噴射される。
それは剣の斬撃よりも速く、回避不能の水の弾丸となって魔物たちを直撃した。
「ギャアアアッ。」
「な、なんなのよこの水圧は。」
強力な水圧は魔物たちの皮膚を削り飛ばし、アルカリ洗剤の泡が猛毒の瘴気を一瞬で中和していく。
魔法の防壁すら物理的な水量の暴力の前には意味を成さなかった。
「きゃああっ。」
「や、やめなさいよ、服が濡れちゃうじゃない。」
リリスも高圧洗浄機の直撃を受け、空中でバランスを崩して地面に墜落した。
彼女の際どい衣装は洗剤の泡まみれになり、完全に透けて肌に張り付いている。
自慢の毒霧もすべて洗い流され、ただのずぶ濡れの少女へと成り下がってしまった。
「くっ、覚えていなさい。」
「私の美肌をこんなにふやかした罪、絶対に万死に値するわよ。」
「次は容赦しないんだから。」
リリスは涙目で胸元を隠しながら、捨て台詞を吐いて逃げるように空の彼方へと飛び去っていった。
あっという間の出来事に、長老をはじめとするエルフたちは開いた口が塞がらない様子だ。
僕は高圧洗浄機のエンジンを止め、呆然とする長老に向かってニヤリと笑いかけた。
「さあ、お掃除も終わったことですし。」
「これからの森の物流ルートについて、ゆっくりと商談を始めましょうか。」
エルフの森の救済と防衛を同時に成し遂げた僕の評価は、これで不動のものとなった。
世界最大の物流国家建国へ向けて、僕たちの次なる一歩がここから始まるのだ。




