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「起きろ、小娘━━!!」
本日のたかみの目覚ましは狛犬のヒップアタックだ。
だが⋯
「!?」
何もない布団に狛犬の体がぼふん、と埋まる。
そこにあるはずのたかみの身体がない。
いつも昼まで寝ているたかみが今日はいないのだ。
「たかみ殿なら、先刻出かけたのじゃ」
不思議そうに布団をめくる狛犬に獅子が声をかける。
「そ、そうか⋯」
呆気にとられたような、気が抜けたように狛犬が布団を畳み始める。
「寂しがらずとも、一雄殿が参る頃には戻ってくると申しておったのじゃ」
「だ⋯誰も寂しくなど⋯」
「はいはい、なのじゃ」
たかみは団子屋の店に来ていた。
「一宿一飯の恩もあることだし、ちったあ団子屋の事も調べてやらねえとな」
とは言え、あの2匹の神使は、具体的に団子屋の何を報告してもらいたいのか。
店に来て得られる情報が、果たしてあの2匹が求めているものと同じなのか。
考えても詮無いことだ、とたかみがとりあえず店に入ると、思いがけず知った顔を見つけた。
「⋯⋯⋯おっ?」
「⋯なんだ、薄汚いのが居ると思ったら、たかみか」
岩みたいな顔をした目つきの悪い男、だ。
団子屋と何やら話をしていたようである。
「店主の口の汚さには負けるよ。何だよ、口の悪さで団子を腐らせにでも来たのか?」
お互い様だ、と男がニタっと笑う。
「娘のことで礼に来たんだが、⋯何とも若いのに落ち着きのあるいーい男じゃないか!気に入ったぞ」
男が団子屋の肩をばしばし叩きながら豪快に笑うと、団子屋も「いやいや、そんな」とニコニコしている。
「⋯⋯⋯⋯⋯。店の娘に手を出さない感心なオヤジだと思ってたら、男色の趣味かよ」
たかみが怪訝な顔で後ずさるのを、男が半目で反論する。
「ほざけ小娘。わしは妻ラブじゃい」
口では何とでも言えるよな、とたかみが遠巻きにするのを気にするでもなく、男は店内を手で示した。
「とは言え、お前にも世話になったからな。わしの奢りだ。団子を頂いて帰りなさい」
たかみが現金にも、男の手を取りぶんぶんと激しめの握手で感謝を表していると、いつの間にか背後に団子屋が立っていた。
「ごゆっくり、どうぞ」
本当に幽霊みたいな兄ちゃんだな、と思いながらたかみは団子屋に案内された席に着く。
「ども」
そして団子屋の背中と店内をぐるりと見渡す。
(オヤジ受けは◎⋯と。店の方は⋯⋯イマイチ繁盛してねえな。美味い団子だったけどな)
近くにいた店員が、他の机を拭き終わったタイミングで声を聞ける。
「おねーさん、お茶!」
「はぁーい」
気の抜けた返事をした若い女の店員が、ごぽごぽとお茶を注いだ。
悪気はなさそうだが仕事が雑だな、と思いながらたかみは店員の女に話しかける。
「ねえねえ、おねーさん。ここの店主って若くていい男だね」
先刻店主が言っていたことを店員に言ってみる。
「えぇー、そうですかぁ?私はタイプじゃないなぁ。いつも笑ってるけど、何考えてるか読めないしぃ。それにあのアザ!気味悪くてぇ」
店が暇で退屈してたのか、店員の女はせきを切ったように話し始める。
「きっとぉ、店が閑古鳥なのもそのせいよぉ」
(ふむ、店員受けは×、と⋯)
閑古鳥の原因が、自分の接客態度のせいだとは思ってないみたいだ。
「それにぃ、ここだけの話ですけどぉ。この店の店員ってぇ、入れ替わり激しいんですぅ。しかもここを辞めた後ぉ、連絡取れなくなってる娘が多いんですってぇ」
(⋯よくしゃべる姉ちゃんだ)
お茶を啜りながらたかみは店員の女をそれとなく観察する。
「ここだけの話」を好む人種をたかみは好まない。
情報収集としては助かるが、信憑性は半々、と言った所か。⋯甘い判定か?
「私も最近誰かにつけられてるみたいでぇ、⋯店主じゃないかってぇ」
店員の女はそこまで言うと、声をひそめて続ける。
「あいつの事⋯あんまり信用しない方が良いですよぉ?」
だ んっ
その日の晩。神社の拝殿に茶碗を叩きつける音が響き渡る。
「何じゃ、その小娘!団子屋の繁盛に店主の面が関係あるかの!?」
獅子が怒り狂っている。
薄々気付いていたが、獅子は団子屋贔屓の様だ。多分。
「店員の入れ替わり云々の話は、関係あるだろうな」
狛犬は冷静だ。
団子屋の事が気に入らない様に思える。多分。
それはさておいて。
「うーん、売り上げに関係してるかは分かんねえけど、周りの店に聞いてみたら、実際にここふた月だけでも3人、店員が替わってるらしい」
ただ、この仕事があるだけで有難いご時世に仕事を辞めるくらいだ。
連絡を絶って姿をくらます程の事情があってもおかしくはない、と思ってしまうのは、たかみ自身がそうであるからかも知れない。
あるいは⋯
(団子屋に肩入れしすぎてるかも知れないな。もっと客観的に考えていかないと⋯)
供物にもらった団子で食い凌げていること。
鈴子の件で助けられたこと。
それはそれ、これはこれ。である。
それにしても、獅子の荒れっぷりがひどい。
酒に酔っている風には見えないが、日頃の鬱憤をこの機に晴らそうと言う魂胆か?
今度ストレス解消に散歩に連れて行ってやるべきか?この2匹はこの神社から出られるのか?などとたかみが考えていると、獅子が酒瓶を片手に持ち上げて叫ぶ。
「ええい!次じゃ!別の人間の話が聞きたいのじゃ!!一雄殿と鈴子殿のろまんすが聞きたいのじゃ!!!」
「お、そうだな。今度、長屋の連中にこっそり聞いとくよ!何せこの神社で縁が結ばれた2人だからな!!」
そこまで言って、たかみはふと疑問に思う。
「⋯⋯そう言や、この神社って何の神様だったんだ?縁結びか?商売繁盛か??」
ついでに流れで聞いてみる。
「て言うか、神がいなくなったってどう言う事なんだ?消えちまったのか??」
「小娘には関係ない」
ぷいっと狛犬がそっぽを向く。
「ほんと、感じ悪っっ」
大して期待はしてなかったものの、現実になるとそれはそれで腹が立つ。
たかみが狛犬を指差して喚いた。
「ええいっ、そんな話はおいといて。呑め呑め!!ヤケ酒じゃ!」
獅子に酒の入った茶碗を突っ込まれて、狛犬がむごむご呻いている。
そんな、かしましい神社の様子を、影からひっそりと伺う人物がいた。
背が高く顔の半分を長い髪で隠した、団子屋の店主だった⋯⋯⋯




