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「起きろ、小娘━━━━━!!」
本日のたかみの目覚ましは狛犬の飛び蹴りだ。
「いい若者が何時まで寝ておるのか。早起きは三文の徳と言うてだの、健康にも良く⋯」
ぶつぶつ言いながら布団をたたむ狛犬が、ちら、と団子の箱を見る。
昨日ぶつかった男がたかみに預けていった団子だ。
たかみは昨日、獅子と狛犬の目を盗んで、二拝二拍手し、賽銭箱の上に団子を乗せ、男の住所も名前も生年月日も、ましてや願いなど知らないから、男の特徴だけ伝えて一拝して、そして団子を回収した。
たかみなりに、あの男の代理人を務めたつもりだ。
そして獅子に了承を得たから、これはもうたかみのものだ。
貴重な食料だから、一度に食べ切るようなことはしない。
カビが生えない程度に出来るだけ長く、日にちを掛けてじっくり食べるつもりだ。
ちなみに少々カビがはえてもたかみは食べてしまう。
「⋯⋯美味かったか?」
「え?」
「いや、だから、その⋯⋯腹!⋯腹を壊しはせんかったか、と聞いておる」
ごにょごにょと狛犬が歯切れを悪くする。
「自慢じゃねえが、生まれてこの方、腹を壊した事はねえ!!」
たかみが得意気に答えると、狛犬が呆れ顔を見せる。
心なしか、しょんぼりして見える。
やっぱり食べたいのか、食べられなくて辛いのか、とたかみは同情の念が生じる。
食べた気分を味わわせてやりたいとは思う。
だが昨夜寝る前に考えてみたものの、いい考えは思いつかなかった。
ものは試しで無理矢理突っ込んでみるのはどうだろうか。
この奇妙な生き物なら出来る。食べれる気がする。
だが待てよ。口が開いてる獅子はともかく、口が閉じてる狛犬はどうする?
⋯⋯⋯鼻?鼻からいけるか?
たかみがそんな事を思い巡らせていると⋯
カタッ
拝殿の外で音がした。
見ると賽銭箱の前に立つ人影がある。
待ちに待った、先日の青年ではないか!?
「(来た━━━━━)」
たかみが思わず小声で叫ぶと、獅子と狛犬が我先にと扉にかけよる。
「本当かっ」
「どれどれ、どこじゃ」
踏みつけられたたかみが頭を擦りながら外を見ると、そこには青年ではなく岩みたいな顔をした、年の頃四十と言った男が腕を組んで立っていた。
「あれ、あいつ⋯⋯?」
たかみが外に立つ男を見て首を傾げていると
「違うではないかの!違うではないかの!!」
獅子がたかみの頭に乗ってポカポカ叩く。
「知った人間か?」
狛犬が男とたかみを見比べながら尋ねる。
「少し前に、あたしがクビになった店の店主だよ」
いてて、とたかみが答える。
獅子の怒りはおさまらず、今度は頭をがぶがぶと甘噛している。
狛犬はそれには構わず、話の続きを促す。
「小娘、働いておったのか」
「まあな!店に来た客と、飲んで食ってしゃべる仕事だ!!」
「⋯⋯それのどこか仕事なのだ?」
狛犬が呆れ顔だが、事実なので仕方がない。
たかみは残念そうに言う。
「だろ?飯付き(客の奢り)、宿付きの、いーい仕事だったんだけどなあ」
「クビになったのは拾い食いをしたからか?昼過ぎまで起きぬからか?」
そう尋ねる狛犬は何だか嬉しそうで、たかみは呆れた目つきをしている。
「違えよ。⋯⋯前にいた町で、ちょっと面倒な奴に目をつけられちまってさ。その手下が店に来て、ある事ない事吹き込んでったんだ」
溜め息まじりにたかみが答える
「⋯⋯小娘も、人間の知り合いがおったのだな」
「⋯⋯友達じゃねえし、余計なお世話だし」
しみじみと言う狛犬に、たかみが拗ねたように半目で見る。
「━━━━が、」
男の声が聞こえてきた。
「娘が昨日から帰って来ない⋯⋯どうか⋯どうか無事に戻ってきておくれ」
「⋯⋯⋯のう、あの者は何と申して、⋯⋯おや?」
男を注視していた狛犬が横を向くと、たかみの姿がこつ然となくなっていた。
たかみがこの町に着いたのは1年程前。
前にいた町で嫌がらせを受けるようになってから、紹介で転々と奉公先を変えていた。
仕事を選ばなかったたかみだが、奉公先だってそんなにあるわけじゃない。
いつまでも終わらないイタチごっこに、見切りをつけて逃げるように町を出た。
この町に着いてからは、寺社の紹介で日雇いの仕事をしたり奉公に出たりで生活をしていた。
その内の1つが、先程の男の店だ。
男の店では半年と少し、働いただろうか。
そしてあいつらが来た。
岩みたいな顔をした目つきの悪い店主だが、悪い人間ではなかった。
店を辞める時も心配してくれて、給金に色をつけてくれようとした。
迷惑料だと言ってたかみはそれを頑として受け取らなかったが、男の気持ちだけは有り難く頂戴した。
「━━━━おい!店主っ!!」
神社を出て男が家路に就いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くとたかみが神社の方から走って来るのが見える。
「たかみじゃないか。⋯少し見ない間に汚くなったな。身なりはキチンとしろとあれ程言って⋯」
クサイぞお前、と鼻をつまみながら小言を言う男の話を、ぜえぜえと息を切らしながらたかみが遮る。
「あーもう、その話はまた今度聞くよ」
ようやく息も落ち着いてきて、たかみは男を見据える。
「それより!あんたの娘がいなくなったって本当か!?」
「どうしてそれを⋯っ、お前何か知ってるのか!?」
男が勢いよくたかみに詰め寄る。
「いや悪い⋯そこの神社で偶然耳にしちまって」
「⋯⋯そうか⋯」
あからさまに落胆した様子の男が、意を決した様にたかみを見る。
「⋯なあ、お前。何でも良いんだ。娘のことを何か知らないか?」
「?いや、あたしは何も⋯」
そこまで言うと、たかみは何かに気付いたように、目を見開いて男に問いただす。
「まさか⋯っ、あいつらが何か関わってんのか!?」
男はかぶりをふると、声を落ち着けて答える。
「⋯いや。お前を追いかけてきたと言う連中は、あれきり顔も見せんよ」
それを聞いてたかみはやっぱり、と思う。
(⋯⋯だよな、あいつら拐かしは専門外だ。⋯だけど⋯⋯もしもと言う事も)
たかみが思い巡らせていると、男がポツリポツリとこぼす。
「━━━━拐かしにしては、それらしい連絡がない。家出にしても、理由も行き先も全く分からない。見当もつかない。⋯⋯⋯情けない⋯お手上げだよ」
自嘲するように笑った男が、たかみを真剣な顔で見る。
「⋯⋯娘はお前と似た年頃なんだ。何でもいい、行きそうな場所、考えそうな行動、⋯何か思いつくことがあれば教えてくれないか⋯」
たかみは1つ溜め息を吐くと
「そんじゃ、ま、とりあえず⋯⋯落ち着け!!!」
ばしんっ、と男の背を叩いた。
「あのなあ、その日暮らしのあたしの心当たりなんざ、ロクな場所じゃねえっつーの」
驚いた男が振り返ると、たかみは怒ったような呆れ顔でまくし立てる。
「見当がないなら、町中!隅々!!探すしかないだろ!しけた面で神頼みしてる暇があったら、足使って探すんだよ!!」
鼻息を荒くしたたかみに、男がニヤリと笑う。
「⋯⋯⋯、バカ言え。このわしが神頼みなどと、非生産的な事をするか。⋯最近、娘があの神社に通っていたと聞いて、立ち寄っただけだ」
強がりでもいつもの調子が出てきた男に、たかみが豪快に笑う。
「それこそだな!あんまりしおらしいと死期が近いのかと心配するぜ」
そこまで言うとたかみはある事に思い当たる。
「⋯待てよ⋯⋯」
たかみは神社の裏手から続く一本道を見やる。
そしてもう一度男の方を向くと、確かめるように尋ねた。
「あの神社に来てたって?昨日もか━━━?」




