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しくしくしくしくしくしく
獅子が泣いている。
壁に向かって背中を丸めて泣いている。
それはたかみに罪悪感を抱かせるのに充分な姿だった。
「⋯⋯あの、もう、そろそろ泣き止んでもらえませんかね」
罪悪感は半端ないが、もう夜である。
どっぷり夜も更けて、そろそろ日付が変わろうとしている。
朝にあの青年が帰ってから半日以上、この調子なのである。
獅子がこれなものだから、狛犬は狛犬でずっと機嫌が悪い。
とは言え、今朝簀巻きにされたたかみが目を覚ました時から狛犬はずっとこの調子なので、これが狛犬の通常運転なのかも知れない。
⋯なのかも知れない、が、一匹はしくしく泣き声を、一匹はちくちく嫌味を、簀巻きで転がされて、半日以上聞かされているのだ。
新手の拷問か。いい加減うんざりもする。
「ふん、だから我は反対だったんだ。あれしきの仕事も出来ぬ役立たずめ」
そう言いながら狛犬が、がじがじとたかみを縛っている縄を齧っては、器用に解いていく。
「とっとと失せるがよい」
縄がパラリと落ちると同時に、たかみの堪忍袋の緒も切れた。
「⋯何だよ、その言い方!!大体、何なんだあれは!お前らが横で聞いてるのに、あたしに何を伝えろってんだ!!それを、しくしくちくちく責められるいわれはねえ!!!」
狛犬は声を荒げるたかみを一瞥すると、怒るでも呆れるでもなく、淡々と告げた。
「⋯⋯⋯我らに、人間の声は聞こえぬ」
「⋯⋯は?」
たかみは言われた言葉の意味が分からず眉を顰めた。
たかみが何か言おうとする前に、狛犬が続ける。
「人間にも我らの声は聞こえぬ」
「⋯⋯⋯いやいやいや、ちょっと待⋯」
たかみは今度こそわけが分からなかった。
それでは、自分がこの奇妙な生き物と会話をしていると思っていた、これは一体何なのだ。
「お前に我らの声が聞こえるのは、お前が我が社の供物を口にし、この社の仮の住人となったからに過ぎぬ」
「?⋯???」
説明をしてもらったのであろうが、分からないものは分からない。分かりたくないとも言う。
情報過多で頭がパンク寸前のたかみだが、とりあえず一番気になった事を聞く事にした。
「てことは、⋯⋯聞いてもないのに、賽銭取ってたのか!!?」
サギだっ!!と喚くたかみに狛犬が答える。
「神には聞こえるのだ」
神?神ってなんだ??と、たかみは一瞬惑う。
「神社」だの「神頼み」だの、言葉としては使うものの、神とやらの存在も有り難みも感じたことはない。
そんなものとは無縁の人生だ。
だからこそ、食うにも寝るにも困ってこの神社に辿り着いたのだろう。
神社、神社か。そう言やここは神社だったな。
それなら神とやらの1人や2人、とたかみが考えた所で、ふと、ある疑問が湧いた。
それに気付いたわけでもないだろうが、狛犬が言葉を続ける。
「だがこの社には神はおらぬ。声は届かぬ。神のいなくなった日から、社は廃れはじめ、人足は遠のいた」
そうなのだ。
獅子と狛犬と言う奇妙な生き物と半日以上共にいるが、神とやらがいないのだ。
おいそれと姿を見せない、それが神とやらだとして、それにしても神使であるこの2匹が自分に付きっきりだ。
神とやらを、そんなにも放ったらかしにするものなのか?していいものなのか?
だがそれも、神とやらがいないと言われれば、俄然納得がいく。
そして、それならそれで、新たな疑問が生じると言うもので。
「それでも通い続ける者もいた。それがあの青年だ」
そこまで言うと狛犬はちら、と獅子を見やる。
「⋯⋯あれは、我と違って人間を好いておる」
たかみも獅子の方に視線をやる。
寂しそうな背中に胸が痛んだ。
「だからこそ、あの者の話を聞いてみたくなったのだろうな」
長い溜め息を1つ吐くと、たかみは狛犬の目をしっかりと見つめた。
「⋯⋯悪かったよ。明日こそちゃんとやるから。だから、もう一度あたしに任せてくれ」
狛犬は、期待などしていないと言わんばかりにふんと鼻を鳴らす。
たかみは朝からずっと転がっていたせいでアチコチ軋む身体をほぐしながら、どうしたもんかと考えたのは一瞬のこと。
何とかなるさと、今までの人生で何度思ったか分からないお決まりの文句と共に深い溜め息を吐き出した。
そして、そんな夜更けに社の様子を伺う影があったのだが、たかみも2匹の神使も気付いてはいなかった。
「いーい天気だなあ!絶好の神頼み日和ってなもんだ!!なあ!」
今日も元気はつらつ、たかみが箒を握ったまま両手を空に向かって突き上げる。
「なのに⋯、あの兄ちゃん来ねえなあ⋯⋯」
もう八ツ半なのに、とごまかし笑いでひとりごちるたかみを、白けた目で見る2匹の神使。
気まずそうにたかみが言い訳の1つも言おうとした、その時⋯⋯
ぐ ら⋯っ
「お、わ⋯っ」
ガタガタと揺れている。
揺れているのは自分なのか地面なのか。
全てだ。全てが揺れている。
「えっ⋯⋯と、お、お、うわわわわっ」
とてもじゃないが立っていられず、思わずへたり込む。
獅子と狛犬はどこだ?無事なのか?
キョロキョロと見回すと揺れが止まった。
「じ⋯、地震?⋯⋯⋯おさまった⋯⋯?」
神使の怒りか?などと、冗談とも本気ともつかない戯れ言を呟きながら、獅子と狛犬の方へ寄る。
「きゃあ⋯⋯っ」
女の悲鳴だ。
急いで声の聞こえた方へ駆け寄る。
何だ?先刻の地震(?)に驚いた通行人か?と、安否が気になり、気持ちが焦る。
どん⋯っ
しまった⋯!!
男とぶつかった。悲鳴の女ではない。
前を見ていなかった所為で、人が居るのに気付かなかった。
これはマズイ、完全にこっちが悪い。
まさか無宿人への蔑視が酷い裕福層や、捕まえようと企むヤバい輩達とこんな所で出くわすとは思いたくないが、かと言って庶民なら無宿人に優しいと言うわけでもない。
下手に絡まれても面倒しかない。
ましてや今は緊急事態だ。
地面に頭を擦り付けて、とっとと何処かへ行ってもらうのが得策だ。
と、たかみが地面を見ると、ぶつかった拍子に落ちたのだろう。団子が幾つも転がっていた。
最悪だ。
とてもじゃないが弁償など出来はしない。
そんな金を稼ぐのに何をどうしなければならないか。
血の気が引くのを感じながら、急いで膝と手をつき頭を下げる。
幾らか殴られ蹴られるのは覚悟の上。
辛うじて動ける程度の暴行で気が済んで、そこいら辺に転がしていってくれないかと、ダメ元で言い訳なんぞ口にしてみる。
「わ、悪っ⋯いえ、すみません!悲鳴が気になって、よそ見してたから⋯」
「悲鳴?」




