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「━━━てめぇ、このずんぐりむっくり!」
時は明治、とある廃れた神社の拝殿で、簀巻きにされた娘が喚いている。
「あたしを盗人呼ばわりするなんざ、お天道様でも赦さねぇぞ!!」
簀巻きにされて、なお、恐怖も不安も見せない。
むしろその瞳は怒りに燃え上がって見える。
その視線の先には、奇妙な2匹の生き物が仁王立ちで憤慨していた。
獅子と狛犬
神社に一対の像が置かれているのを見かける、あの獅子と狛犬、である。
話は、遡ること数刻前⋯⋯
草木も眠る丑三つ時。出雲の国の外れにある小さな神社にて。
グルル、グルルと妙な音を鳴らしながら拝殿に近付く小さな影があった。
「⋯ボロ汚いけど、雨露はしのげそうだな」
影の正体は1人の貧相な娘。
年の頃は十五、名をたかみと言うその娘は無宿人、所謂、家なし娘であった。
ボサボサの髪の毛に薄汚れた身体、着ているものもボロボロで、とても人並みの生活を送っている様には見えない。
とは言え、その顔は悲嘆に暮れている風でもない。
ガシガシと頭やら脇腹やらを掻いていると、グルルと腹の虫がなく。
それに構うことなくキョロキョロと横になれそうな場所を探すと、賽銭箱の横に置かれた塊が目に入った。
「お、にぎり飯が落ちてる!」
ラッキーと迷うことなくにぎり飯を手に取ると、むしゃむしゃ貪り食う。
「いただきます!⋯⋯っごちそーさん!!」
何日振りだかのまともな食べ物に満足したたかみは、屋根のある寝床に安心したのか、扉にもたれ掛かって、ぐーすかと寝入ってしまった。
間もなく拝殿の扉がきぃ、と開き、ゆらりと黒い影が2つ出てきたかと思うと、影は瞬時に引っ込んで扉が閉まる。
そこに、たかみの姿はなくなっていた。
「なんっじゃ、こりゃああ!??」
早朝になって目覚めたたかみは、簀巻きにされて転がっていた。
じたばたと身体をひねったり、くねらせたり、暴れてみるが解けないし抜けられない。
ひとまず身体の自由を手に入れる事を諦め、状況把握の為に周りを伺う。
どうやら屋内の様だが、見覚えはない。
寝る前に神社に辿り着いたことから考えると、ここは神社内の建物の中だろうか。
ボロ汚さは当てはまる。
「目が覚めたか、人間」
たかみは声のした方を睨むと⋯⋯目を見開いて固まった。
「おのれ、神への供物に手をつける罰あたり者め」
そう怒っているのは、たてがみの様な毛を持ち、口を開いている「獅子」
「あまつさえ、神の社で高いびき」
何たる神への冒涜、と憤っているのは、1本の角を持ち、口を閉じている「狛犬」
少し落ち着きを取り戻したたかみは、はっと息を吐くと一気にまくし立てる。
「お前ら何者!!?て言うか供物って何の事!?て言うかお前らナニ!??」
妙な生きもの(?)がしゃべってる!!と混乱するたかみに、獅子と狛犬が畳み掛ける。
「ええいっ、言い訳など見苦しいわ。この恥知らず。盗人猛々しいにも程があろう」
その言葉にたかみがピクリと反応する。
言い訳など一切していないたかみだが、不興を買ったのはそこではなく。
「⋯⋯訂正しやがれ、この、ずんぐりむっくり」
すごみを利かせたたかみが、2体の奇妙な生き物を見据える。
「こちとら育ての母親に、盗みだけはしないと誓った身。そのあたしを盗人呼ばわりするなんざ、お天道様でも赦さねぇぞ」
「おのれ小娘っ。我ら神使をずんぐりと呼びながら、天に浮かぶ日の玉に敬称をつけるとは、どう言う了見か」
「うるせえ!ちんくしゃ!!」
見当外れの怒りを返す獅子と、最早ただの悪口を言い放つたかみに、狛犬が冷静に提案する。
「⋯ならば、娘。盗人でないと申すなら、にぎり飯分、我らの為に働くかの?」
「お、そいつは話が早くて良い!盗み以外ならどんな仕事もしてやらあ!!」
さあ言いなっ、と意気込むたかみに、狛犬がニヤリと笑う。
「なに、簡単なこと。⋯⋯もうじきここに男が訪れる。その「声」を我らに伝えるのじゃ」
半刻もしただろうか。
神使の言葉通り、1人の男が神社を参った。
賽銭箱の前に膝をつき手を合わせるのを、中から簀巻きで転がったままの、たかみが覗く。
年の頃は二十歳手前、と言った所か。
着流しに下駄を履いた短髪の青年はそれなりに健康的で清潔感もあり、裕福ではなさそうだが、たかみの様にその日の暮らしに困っている様にも見えない。
つまり、住む所も職もある庶民、だろう。
(⋯どうやら異人じゃねえな)
ふむ、と言葉が通じることに安心したたかみが、神使にひそひそと尋ねる。
「(この男か?)」
「そうじゃ、この男じゃっ」
心做しか嬉しそうな獅子がたかみの頭に乗る。
「この者は何と?何と申しておるのじゃ?さあさあ、早く答えぬかの」
「⋯⋯⋯⋯っ」
衝撃に耐えるたかみを、興奮した獅子がペチペチと叩く。
「(お前がうるさくて聞こえんのじゃいっ)」
あっち行ってろ!!と振り払うたかみの耳に、青年の声が入ってくる。
「⋯⋯さんの」
慌ててたかみが耳を澄ますと、青年はポツリポツリと、静かに丁寧に言葉を紡いでいく。
「母さんの病気が少しでも良くなりますように。一日でも長く、少しでも長く、どうか⋯⋯」
青年がこちらを向く。まっすぐな目で。
「どうか、母さんを生かしてください」
呆けた様なたかみの両肩に、獅子と狛犬がよじよじとのぼる。
獅子も狛犬も、我慢出来ずにたかみをつつく。
「何と?あの者は何と申したのじゃ?」
のうのう、と獅子が急かすと
「ええい小娘!早く答えぬか」
と狛犬ががなる。
「━━んな、」
ようやくたかみが口を開いた、と思えば、外の青年に向かって怒鳴り声を上げた。
「こんな所で呑気に神頼みなんざしてる暇があったら!!さっさと帰って看病してやれってんだ!馬鹿野郎!!」
じたばたとたかみが暴れるものだから青年からすれば、突然、謎の怒号が聞こえるわ、拝殿がガタガタと揺れるわで、神の怒りを買ったと勘違いしてもおかしくない様な、何とも信じられない恐ろしい現象が起きたと言えよう。
「うわあ⋯っ」
青年は青ざめ腰を抜かしながらも逃げ帰ってしまった。
「「⋯⋯⋯馬鹿野郎は、お主(お前)じゃ⋯⋯」」
その声に、たかみははっと我に返るが、もう遅い。
ゴゴゴゴゴ、と聞こえてきそうな、怒りをたたえた2匹の神使がたかみの背後にいきり立っていた。




