第2話 捨てられ姫のステラ姫
アシガーラ王国を発ったメタル王子は、オリジン帝国の帝都『ファウンテン』を目指す。
帝都ファウンテンは大陸のほぼ中心部にあり、南東の端にあるアシガーラ王国から北西の方角、直線距離にして約5000キロメートル離れた場所にある。
地形も考慮すると常人なら徒歩で半年、馬でも3ヶ月以上はかかる計算であるが。
「小走りで行っても、1か月ちょっとかー。結構かかるなあ」
と、耳を疑うような言葉を発しながら、一路帝国に向かうメタルであった。
帝国にたどり着くまでに、いくつかの国を経由することになるが、メタルが辺りを見渡すと、生い茂る鮮やかな緑と切り立った崖の峡谷が広がる。
川の流れる音が、国の境目に到達したことを知らせていた。
「うーん? この辺は、スターダスト王国の端っこかな?」
どうやら、メタルはアシガーラ王国の隣国、『スターダスト王国』に差し掛かったようである。
「ちょうど腹も減ってきたし、そろそろ飯にでもするか」
崖の下の、河原の岩場にメタルは腰掛けると、ズタ袋の中から『マジックバック』を取り出す。
マジックバックとは、ファンタジーでは毎度おなじみ、みんな大好き説明要らずのアレである。
メタルはこれを、主に弁当袋に活用している。
「見た目よりたくさん入るし、中は時間が経たないから腐らねえんだよなあ。いっただっきまーす!」
もらったおにぎりの包みを取り出し、メタルは元気良く手を合わせる。すると。
ガタガタガタン、ガタガタガタン……。
ん? と、頭上の音にメタルは思わず上を見上げる。
「おっ、上にも道があったみたいだな」
何台かの荷馬車が通っていくのを、メタルはぼんやりと見送る。その時。
ガッタンッ!!
一際、大きな音が響き、なぜか崖上から棺桶が落ちて来た。
「何っ!?」
メタルはとっさにダッシュすると、落下して来る棺桶をがっちり受け止める。
「あっ! おいっ! 落とし物を忘れてるぞーっ!! おーいっ!」
荷馬車は異変に気づかず、何事も無かったように、そのまま素通りして行った。
「えー……。どうすんだよ、これ」
取り残されてしまった棺桶を、メタルはゆっくり地面に下ろす。
正直、縁もゆかりも無い物なので、置き去りにしても構わないところだが。
「うーん……。でもなあ、さすがにホトケさんをほっとくのも寝覚めが悪いしなあ。どうしたもんか」
とりあえずメタルは、なんまんだあ、さらまんだあ、すいっちつーは、ろくまんだあ。と拝んでみる。
すると。
「開けてくださーい」
「!?」
ガタガタガタッと、棺桶が震え出す。
「えっ!? アンデッド? いや、もしかして生き還ったのか!?」
メタルが棺桶にかかった南京錠をむしり取った、とたん!
「ぱーん♡」
と、包帯がぐるぐる巻かれた、ピンク髪ショートボブの小柄なミイラが弾けるように現れた。
「どどーん!? なんか思ったより、可愛らしいのが出てきたな」
「……あれっ? ここはどこ? あなたは誰ですか」
声や仕草から、おそらく少女と思われる、包帯ぐる巻きミイラは、あたりをキョロキョロ見渡して首をかしげる。
「あー、ここはスターダスト王国の国境付近だな。お前が棺桶ごと崖の上から降って来たのを、おいらが受け止めたところだ」
「ふわあ、空から降って来たヒロインを受け止めるなんて、ジ○リの天空の城のアレみたいですね。ありがとうございます!」
「お前ー、ずいぶん包帯を巻いてるな。大ケガしてるのか? 大丈夫か?」
「あ、いえ。これはケガとかじゃなく、『お守り』みたいなものでして……」
と、話している最中、ミイラ娘がフラッとよろつき倒れそうになる。
「あぶねっ!」
とっさにミイラ娘の身体を支えるメタルだったが、羽毛のような手応えの無さを感じ。
「うわ、軽ッ!? お前、ちゃんと飯食ってんのか?」
「いえ……、ご飯は……、3日くらい何も食べてないのです」
ぐぅー、ごろごろごー、とミイラ娘はお腹の音を鳴らす。
「まじか!? ちょっと待て、これでよかったら食うか?」
メタルは、先ほど自分が食べようとしていたおにぎりの包みをほどく。中から現れたのは。
「ふわっ? ピンク色のおにぎり」
「アシガーラ王国の岩塩で作ったやーつだ。うまいぞ!」
ミイラ娘はメタルの顔とおにぎりを見比べ、1つを手に取り口に運んだ。
「ふわあああああっ!!」
「どうした!?」
「うま!!」
ミイラ娘は、カッと目を見開き。
「これはうまい、とてつもないうまさ! こんな美味なものは、初めて食べました!」
「そんなにうまいか?」
「うまうま、うまうま。もう1ついただいて良いですか?」
「どうぞどうぞ、遠慮なく食ってくれ」
うまうまと、息もつかずにおにぎりを頬張るミイラ娘。すると彼女は、いきなり泣き出した。
「ふわああーん!!」
「!?」
「こんなうまなものをいただけるなんて、わたし生きてて良かったですー!」
「いやあ、まさかアシガーラのおにぎりで、そんなに喜んでもらえるとは」
「お母様、わたしを産んでくださって、ありがとうございますー!」
あまりの喜びように嬉しくなったメタルは、食うか? と最後のおにぎりをミイラ娘に差し出す。
「いだだだぎまずうー」
おいおい泣きながら、ミイラ娘はそれをうまうまと頬張った。
ひと通りたべて落ち着いた、ミイラ娘は立ち上がり。
「たいへん美味でございました。こんなおもてなしまでいただけるとは。このご恩は一生忘れません」
「大げさだなあ」
ミイラ娘はスカートを履いてないのに、スカートを広げるようなポーズでカーテシーをとる。その姿は、なぜか妙に様になっていた。
「もし良ければ、命の恩人様のお名前をお聞かせ願えますか?」
「おいらか? おいらは、メタル・T・アシガーラ。アシガーラ王国の王子だ!」
どどーん!
「ふわあ、かの有名な!」
ミイラ娘は、瞳をキラキラ輝かせ。
「最辺境の、歩くものなら魔物も食べちゃう、蛮族の国アシガーラ!」
「有名つっても、やっぱそういう方向だよなあ」
「ですがその実、魔界の大森林で発生するモンスターから近隣国をがっちり護る、大変勇敢なお国だとお聞きしています」
「えっ? あ、そうか?」
まさか祖国を褒められるとは思っておらず、照れてどぎまぎするメタル。
「……えーと、じゃあ、お前の名前は?」
「あ、申し遅れました、わたしは『ステラ・スターダスト』。スターダスト王国の王女でございます」
「ん? 王女だって?」
改めて彼女の姿を見ると、ピンクの髪とエメラルドグリーンの目、それと耳以外は、びっしりと白い包帯が巻かれている。
棺桶で運ばれていた事といい、明らかに異様な状況。
それに。
「たしか……、スターダスト王国には王女はいなかったはず。おいらと同じくらいの子が、だいぶ昔に死んだと聞いているが」
「あ、はい! たぶんそれ、わたしです」
「はあ!?」
「対外的には、わたしは生まれてすぐ亡くなった事にされちゃってまして。あ、ではスターダスト姓は名乗っちゃダメだったかも?」
「重い内容を軽く言うなあ」
聞くと、ステラは生まれた時から、父王の命令で城に幽閉されていたが、先日母親である王妃が亡くなったため、ステラも合わせて埋葬される予定だったとのこと。
「……というわけで、生きたままお棺桶に入れられて……、どうされました?」
「ちょっと待ってくれ」
バゴォッ!
メタルは、いきなり近くにあった大岩に向かって張り手を見舞う。隈無くヒビが入り、ガラガラと岩は崩れる。
「とんでもねえ話だ、それが国王……いや、父親のする事かよ!」
「でもまあ、今はこうやって生きてますし、うまな物もいただけたので、良かったということで」
「良かねえよ!」
メタルは心の底から怒りに震える。
「よし! おいら、今から国王ん所行って、『ざまぁ』してやる! ボッコボコのギッタギタにブチのめしてやるぞ!」
「あ、ざまぁには及びません。復讐は憎しみの連鎖しか呼びませんし、酷い目に合わされもしましたが、それでもわたしの父親なので」
「ぐうの音も出ないほどの良い娘!」
「それに、ざまぁしようとして、ざまぁをするのは『ざまぁ』の流儀に合ってないですから」
そう言って、ステラはニコッと微笑む。
ここで、メタルはある事に気づく。
「って、なんでそんなに『ざまぁ』に詳しい?」
「えっ? 『ざまぁ』と言えば『なろう』です、よね?」
「お前……、『なろう』を知っているのか!?」
「それは、もちろん知識っていますよー。だって」
風にふわりと花の香りが混じる。
「わたしの夢は、『なろうヒロイン』になることですから」
*
『なろう』とは―――推定1万年前に存在したと思われる、この世界でも最も古い伝記集の1つである。
荒唐無稽な内容がほとんどであるため、世間にその存在は全くと言っていいほど知られておらず、ごく一部の好事家にしかその価値を見出すことができないものと言われている。
その中に登場する女主人公、いわゆる『なろうヒロイン』は、ドアマット型、悪役令嬢型、追放聖女型など、色々なジャンルや系統に分かれるものの、総じて自分自身の力で、あるいは主人公やパートナーの手によって幸せなエンディングを迎えるとされている。
「なろうヒロインになれば、かならず幸せになれる。わたしはそう信じて、なろうヒロインを目指しているのです……って、えへへ。こんなへんてこりんな事言ってたら、笑われちゃいますよね」
ドゥワーッ!
メタルは双眸から、滝のような涙を溢れ流す。
「ふわあああっ!? ど、どうされました!?」
「同志!!」
「えっ!?」
「おいらも……、おいらも『なろう主人公』を目指しているっ!」
「ええっ!?」
「おいらはアシガーラ王国を世界最高の国にしようと思っている。そのためにおいらが世界最高の英雄、なろう主人公になって、天下にアシガーラ王国の名を轟かせようと思ってるんだ」
ステラは、思わず両手で口元を押さえ。
「まさか、わたしと同じような事を考えているお方がいらっしゃるなんて……」
「おいらも、おいらとおんなじ事を考えてるやつ、初めて見たぞ」
メタルとステラは、お互い見つめ合うと、わはは、えへへと笑い合う。
「よし! 決めたぞ!」
メタルは意を決したようにステラに向かい。
「おいらは今、なろう主人公になるために『ハーレム』を作ろうとしている。ステラ、必ず幸せにするんで、おいらのハーレム要員になってくれないか!」
どどーん!
「『ハーレム』ですか……。なるほど、いかにもそれは『なろう』ですね……」
うーん、うーん、とステラは考え。
「では、1日3食いただけるなら、ハーレム要員になっても……」
「は? なに言ってんだ?」
「ふわっ、ごめんなさい! 1日2食、せめて1食だけでも……」
出過ぎたことを言ってしまったと思い、おびえるステラ。
だが。
「3食ぽっちじゃ、全然足んねえだろ。アシガーラじゃ1日5食だぞ」
どどーん!
「1日5食!?」
「朝飯だろ、昼飯、夕飯、晩飯、夜飯」
「夕飯と晩飯が、別の枠!?」
ステラはおずおずと、メタルにすり寄り。
「えっと、その……。もしかして、おやつとかもいただけたり?」
「おやつは、10時と3時のおやつ。あと、晩飯の後は食後のデザートもあるなあ」
「ふわああああっ! アシガーラ王国って、夢のような国ですね!」
「わははわはは。アシガーラ王国、一度はおいでだ」
シュピーンと、ステラは右手を真っすぐ挙げて。
「なります! わたし、ハーレムに入ります!」
「ちなみに、ステラが栄えあるハーレム要員第1号だ」
「わたし、ハーレム要員第1号として、せいいっぱい頑張ります!」
「すげえ、やる気満々だなあ」
「夢の『なろうヒロイン』に近づけたんで、それはそれは張り切りますよー」
「よし。じゃあ、そろそろ出発するか。行くぞ、ステラ!」
「はい、メタルさん!」
べターン! といきなり、ステラがずっこける。
「おい、どうした? また、腹が減ったのか?」
「いえ、地面がゴチゴチしてて……。足が痛くて、歩けなくて」
「あ、そうか。靴とか履いてないもんな」
ステラは足を包帯で巻いているものの、ほとんど裸足のような状態である。
さらに言うと靴はおろか、衣服すら身に着けていないので。
「ちなみに、包帯の下はどうなってんだ?」
「すっぽんぽんです!」
「大問題だな!」
メタルはステラに背を向けてしゃがむと。
「ほら乗った。おいらがおんぶして行くから」
「えっ、そんな大変な事をメタルさんにさせる訳には」
「歩けないなら、しょうがないだろ。それに、ステラくらいなら全然、楽勝楽勝」
ステラは遠慮しつつ、メタルの背中におぶさる。
「眠たかったら、寝ててもいいからな」
「すぴかー、すぴかー」
「うわ、早! ……いろいろあって、疲れてたんだろうなあ」
メタルは、包帯娘ステラを仲間に加え、再び帝都ファウンテンの道へ歩を進めた。
「なにはともあれ、『ハーレム』も出来た(?)ことだし、なろう主人公に一歩前進だな!」
【なろう辞典】
『ざまぁ』:悪役が懲らしめられる様を表す言葉。『なろう』では主に無能系主人公を虐待していたパーティーなり実家なりが没落する様子、あるいはそれを見て溜飲が下がる事を表す。主人公が直接手を下したりする事もあるが、どちらかと言うと自滅するパターンが多い。




