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ナンパから助けた地味なメガネ女子の正体は、同じクラスのイケメン女子でした  作者: 結城ユウキ
第2章

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第70話 夏の果てに


 和解という形で過去の話に区切りをつけた氷川。

 氷川が大人な対応だったからこそ、そういう結論にもたどり着いたんだけど……。

 俺のお節介が、穏便に済ますよう強制させてしまったのではないか。今ではそんな反省も少しある。


 ただ、まだ解散はしていないのだから暗くなるのはあとだ。

 そして今は、なぜか氷川も一緒にランニングマシンで走ることになっていた。


「……今はその格好で学校に行ってるんだよね?」


「そうだね。星野くんとかは、来実が知ってる私を氷川藍だと認識しないと思うよ」


「その……どうしてそんなイケメン女子に……?」


「私って身長が高いでしょ。可愛いのとか似合わないし。顔も父親似だしね」


 このやり取りだって、三人横並びでそれぞれのペースで足を動かしながら行われている。

 二人の仲はすぐに元通り────なんてことはない。

 普通に見える会話でも、どこかぎこちなさが漂っていた。


「でも、花火大会のときは可愛かったよ?」


「あれはほら、前田くんが一緒だったし。氷川藍が男子と二人で花火大会────そんなところをクラスの人に見られたら、平穏な学校生活が崩れちゃう」


 可愛いというのに動揺したのか、俺も初耳の言い訳が樋川から飛んでくる。

 それならメガネ姿でも良かったんだから、あまり言い訳になってない気が……。まあ、そこは突っ込まないでおこう。


「その格好だと、すでに落ち着かない学校生活なんじゃ……」


「これ以上は増やしたくないってこと。来実は私のこの姿は嫌い?」


「正直、めっちゃ好き……! 最初にお水渡されたとき、誰だか分からなくてドキッてしたくらい」


 五十嵐、さっきは星野にしか興味ないと言ってなかったか。

 口を挟まずに聞いてるけど、やっぱり男とは毛色の違う会話になるもんだな。


「この格好、同性からはすごい人気なんだよね」


「男子からはそんな?」


「前田くん、どう?」


「半々かな。女子を奪われるって嘆いてるやつはいるし。俺はいいと思うけど」


 イケメン女子、王子様だなんて好意的に呼んでいるのは主に女子だ。

 男子でも呼んでるやつはいるけれど、冷やかしも含まれているだろう。


「前田くんは可愛い女の子より、カッコいい女の子が好きなのか」


「真に受けないでくれ……」


「藍、高校で良い相手に出会えたんだね」



 ────どっちの氷川が好きか。


 いざ自分のなかで考えてみると、答えはすぐに出てこなかった。


 どちらの姿でもドキドキすることはある。


 ただ、それって────



「それより私の姿の件、星野くんに内緒にしてほしいんだけど……」


 俺が悩んでいたところで、氷川が五十嵐にそう切り出したのが聞こえてきた。

 そうだ。氷川が過去の件について触れたということは、隠していた正体を曝け出したわけで。事前の相談でも、五十嵐が応じてくれるかが不安な点だった。


 けど、色々と探っていった中で、俺たちにとって都合の良い想定外の真実もあって。


「分かってる。私も自分の性格のことは内緒にしてほしいし。でも、過去のことに関しては藍に任せるよ。話してくれてもいい」


「そんな性格の悪いことはしないって」


「……それは、私に都合が良すぎるじゃん」


「じゃあ、一発ビンタしようか?」


「ど、どうぞ……」


「ふふっ、しないよ」


 氷川も五十嵐もそれぞれの事情で演じていて、それを星野には知られたくない。

 その共通の利益があるうちは安心していいだろう。

 っていうか、氷川もランニングマシンは初めてなはずなのに、よくそんな余裕を持って会話できるな……。


「ふぅ……。今日はここら辺でやめとこうかな。明日も部活あるし」


「なら、私たちもここで終わろっか」


「ふぅ……やっとか。明日、絶対に筋肉痛なんだが……」


「お兄は引きこもりだって、あかねちゃんがよく言ってるもんね」


「あっ、妹ちゃんでしょ。この間、遊んだときに透也から聞いたよ」


 あかねに対する解像度がお高いようで……。

 明日、生まれたての小鹿のような俺を見て、そう言ってくる妹の姿を容易に想像できた。

 残りほんのわずかな夏休みは、このパンパンに張った足を休めることに消えそうだ。




 スポーツセンターを出ると、ちょうど太陽が顔を隠すところだった。

 もうすぐ夜だというのに、まだまだ身体にまとわりつくような暑さが広がっていて。

 運動していても、室内はやはり涼しかったのだと思わされる。


「じゃあ、ここで。また遊んでくれると嬉しいな」


「そうだね、また色々と話せたら」


「前田くんもありがと。あと、あんな警戒しちゃってごめんね?」


「気にしなくていいさ。こっちも騙して呼び出したわけだからな」


「あはは……。私が言えたことじゃないけれど……。藍のこと、よろしくお願いします」


 そう言って丁寧に俺のほうへ頭を下げたあと、もう一度氷川に手を振り、薄暗い景色の向こうへと消えていった。


 ────残されたのは俺と氷川だけ。


 メッセージでのやり取りはあったけれど、今日はこうして二人きりになるのは初めてだな。


「ありがとね。またキミに助けてもらっちゃった」


「氷川が向き合った結果だろ。俺は余計に首を突っ込んだだけだ」


「でも、話すのが苦手なのに頑張ってくれてたでしょ」


「お見通しか。まあ、疲れたのは事実だけど俺の自己責任だよ」


 氷川はまだ、五十嵐が消えていった方向に目を向けたまま。


 その横顔はずっと見ていたくなるほど綺麗で。

 セットされた髪に、ナチュラルだけどクールさも意識させるメイク。今日に関してはイヤーカフなどのアクセサリーもつけているからか、一段とカッコよく見えた。


「っていうか、その姿の氷川もなんか久々だから落ち着かない」


「ふふっ。夏休みはよく会ってたけど、ずっと素の私だったもんね」


「良かったのか、その姿で」


「フェアじゃないと思ったから」


「……氷川ってお人好しだよな」


「キミには言われたくないよ」


 それは言ってから自分でも思った。

 今回の件で、お人好しなどと俺が口にできた立場じゃない。


「……本当はさっきの理由以外にも、この姿のほうが言いたいことを強く言える気がしたの。少しだけでも自分に自信を持てるかなって」


「そっか。氷川はその格好は気に入ってるのか?」


「う~ん、どうだろうね」


「そこは悩むとこなのかよ……」


「変身するまでが大変だからね。でも、これが今の私の仮面だし。その点で言うなら愛着は湧いてきたかも」


 ────人は誰だって仮面を被っている。


 秘密を隠すために仮面を被ったり。強い自分を演出するためだったり。


 氷川の場合は後者ってことなのだろう。


 そして、五十嵐来実は前者だった。


「来実と話して良かったよ。ありがと、私の背中を押してくれて」


 俺は今回、秘密を隠していた五十嵐の仮面を無理やり剥いでしまったわけで。

 どんな事情であれ、良い行いだったとはとても言えたものじゃない。


 ただ、氷川の清々しい表情を見れば、少しはその罪悪感も紛らわせることができた。


「何度も言うけど、この結果は氷川が向き合っただけ────」


「前田くんが味方でいてくれたから。私は立ち向かえたんだよ?」


「……俺が氷川の味方なのは当たり前だろ」


「ふふっ、そういうところキミは優しいよね」


「……それ、よく言うよな」


「そう?」


「自覚なかったのか……」


 やっぱりその顔の良さで、面と向かってそんな台詞を言われると心臓に悪い。

 さっきからずっと鼓動が早くて、氷川から目が離せなくなる。

 そんな風にゆっくりと余韻に浸っていたわけだが、ここらで俺の体力も尽きかけてきた。


「悪い。今日はもう足が限界で、家まで送ってやれなさそうだ……」


「ふふっ、大丈夫だよ。夏休みが明けたら、また水曜日は一緒に帰ってもらうから」


「その約束、まだ有効だったんだな」


「卒業まで続くけど?」


「えっ、マジか」


 いつかあの約束はうやむやになって、自然と終わるもんだと思っていた。

 氷川の口から発せられた言葉に驚きこそあれど、嫌な気持ちは全くなくて。それどころか、むしろ嬉しくなってる自分がいる。


 この濃密だった夏休みが、俺をそういう気持ちにさせたのかは分からないけれど。

 間違いなく、俺自身も変わっていってると実感させられる。


 こうして、今年の夏休みは幕を閉じた。



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