第71話 隣の席の……
一ヶ月以上も学校に行ってないと、こんなにも通学路は長かったかと絶望する。
夏休み最後の三日間、宿題漬けでずっと家にいたのもあって余計に身体が重い。
それに比べて、校門前では教師や風紀委員の腕章を巻いた生徒が、デカい声で挨拶をしていて。
二学期の初日からよくそんな元気を出せるなと、もはや呆れてくる……。
気配を消して通り抜け、久しぶりの校内の空気を感じながら教室に行くと────すぐにいつもの二人の声が聞こえてきた。
「おう、遊介」
「おはよっ!」
「……ああ」
「朝から暗いな~」
「宿題終わらなかった?」
「いや、きちんと昨日に終わらせたよ」
宿題はなんとか終わらせることができた。夏休みの最終日にな。
結局、終盤までいつものだらけた夏休みが来ることはなかったから、より大変な思いをさせられたのだ。
まあこの夏、俺以上にだらけていたあかねも最終日まで残していたようだけど。
「悠真も大概だけど、遊介も遊介だねぇ……」
「星野も昨日終わらせたのか……」
「いや、俺はさっき終わらせた! 一夜漬けでな!」
「……おい、二階堂。こいつとは一緒にしないでくれ」
きちんと睡眠をとったかどうかは、かなりの違いだと思うんだ。
そもそも一夜漬けしてまで学校に来るくらいなら俺は仮病を使うだろう。その点だけ、星野は偉いのかもしれない。
「僕からしたら、計画的にやってない時点で二人とも変わらないよ」
「まずは褒めてくれたっていいのにな? 遊介もそう思わないか?」
「甘やかしてたら、透也は次の定期テストでまた赤点ばっかり取るでしょ」
二階堂のその言葉を聞いてしまったら、俺は星野に賛同できないなと苦笑する。
夏休み前と同じような、なんてことのないくだらない会話。
そのときにふと思った────星野が何も言ってこないことに。
そして、チラッと氷川のほうに目を向けてみてもいつも通り。
大勢に囲まれている様子を見るに、俺が危惧していた騒ぎは起こってなさそうだ。
つまりは、五十嵐来実があの件をきちんと内緒にしてくれたということだろう。
「ん? 氷川さんのほうを見て何かあった?」
「……いや、何も」
「怪しいな」
「僕もそう思う」
「ってか、なんかめっちゃ笑顔でこっち来てね?」
一瞬だけども目を離した隙に、氷川は人混みから抜け出していて。
星野の言葉通り、確かにこっちに向かってきているようだった。
でも、その目的が俺たちってわけじゃないだろ……。
周りの誰かに用があったり、廊下に出ようとしてるだけかもしれない────
「おはよう、前田くん」
しかし、氷川は俺の前で立ち止まって、言い逃れさせてもらえないような状態に。
「あ、ああ……。おはよう……」
「その様子を見るに、疲れはちゃんと取れたみたいだね」
「……おかげさまで」
学校だと氷川の王子様オーラも全開だな……。
この間、五十嵐と会ったときとは桁違いに眩しくて、そりゃ注目も集まるよなと改めて納得する。
クラス中の視線を浴びる中で、いったい何の用なのか。
そんな氷川の次の言葉は、全く想像もしてなかったものだった。
「ふふっ、もうすぐ時間だ。それじゃあね」
ただ、挨拶をしに来ただけ……。
あの件があっても学校生活は問題ないって、氷川なりに言いにきたのだろうか。
にしても、そんな挨拶だけなんて親しい間柄でもないとしないわけで────
「おいおいおい、どういう関係の進み方してんだよ!」
「それっぽい雰囲気はあったけど、遊介がそんな大胆だなんて……」
やっぱりこうなるよな……。一部の男子からの視線も痛いし、どう誤魔化したらいいものか……。
そう詰め寄られたところで、タイミング良くチャイムが鳴り響き、同時に担任も入ってきた。
「何もねぇよ。勘違いで勝手に関係進ませないでくれ」
「怪しい……」
「ねっ。まあ、遊介が隠したがるならしょうがないけどさ」
席につけという担任の声で、なんとか追求から逃れることもできて。
運に助けられた俺は深く安堵の息を吐いた。
「さてさて、いきなりだけど今日から新学期。というわけで席替えをしようと思う!」
夏休み明け初日のホームルーム。
意気揚々と放った担任のその言葉で、クラスのほぼ全員が沸き立つ。
「おお、マジか! でも、そうなると遊介ともお別れだなぁ」
「これで惚気話を聞かなくてよくなりそうだ」
「そんな冷たいこと言うなよ。離れても遊介の席に会いにいくからよ!」
会いに来られるのは構わないにしろ、目的が惚気話だとしたら勘弁してほしいところだ。
ただ俺としては、一番後ろのこの席はそれなりに気に入ってたんだが……。
次もほどほどにサボりやすい席であることを願おう。
一学期は、男女別で名前順に交互の列に座っていたけれど。今回の席替えでは男女がごちゃ混ぜだった。
前の席が女子ってこともあるらしいし、隣が男子ってこともある。
まあ、関わりがある人が近くにいてくれたら、班活動のときとかやりやすいなとは思う。
「十七番が当たりか……」
「じゃあ、俺もそこ狙いで」
「おい、被せてくんなっての」
席の番号は、担任が適当に振ったようで。
そのなかでも十七番の席は窓側の一番後ろ。サボりたいやつには天国と言ってもいい席だ。
くじを引く順番はじゃんけんの結果、窓側の一番後ろの女子から引くことになった。
廊下側からでも、俺の列は真ん中だから変わりはなかったんだがな。
引いたくじを見ての反応はそれぞれ。一番前に嘆くやつもいれば、仲が良いやつと隣同士になったのか喜ぶやつらも。
「氷川は十七番な」
そんななかで、頭で覚えていた唯一の数字が担任の口から発せられる。
「だぁ~引かれたかぁ……」
「サボらなそうなやつに引かれたな」
「マジで一番前だけは勘弁……」
そう言ってると教卓の前の席を引くぞ。とは口に出さないでおこう。
こういうくじ引きって、先に引くのと後に引くの。どっちがいいんだろうな。
「次、真ん中の列の男子~。順番に引きにこ~い」
引いたやつらの反応を眺めていたら、気づいたときには俺たちの列の番みたいで。
担任に呼ばれて、前のほうから引き始めている。
「二階堂は三十番と……」
聞こえてきた数字と黒板の図を照らし合わせると、窓側から三列目の後ろから二番目の席。
俺としては、その近くを引くことが出来れば当たりだな。
ただその前に、星野がくじを引くわけだが。
「六番……。六番はどこだ……」
「僕の後ろじゃない?」
「おお! 一番後ろじゃねぇかっ!」
ってことは、俺が星野の右隣を引けば三人で同じ班にもなれると。そうなってくるとプレッシャーが凄い。
右隣は二十九番か……。
願ったところで結果なんて変わらないだろうが、一応その数字を念じながら俺はくじを一枚つかむ。
「前田は何番だ?」
「……三番です」
「じゃあ、窓側から二列目の一番後ろだな」
その瞬間、後ろから男女どちらの声も混ざった、落胆の声が聞こえてきた気がした。
それは決して俺の勘違いではなかったようで、残りのくじは今まで以上にあっさりと引かれていく。
「遊介も近いとこ引けたか!」
「これなら今まで通り話しやすいねっ」
「……まあ、仲間外れにならなくて良かったよ」
班は違うが、話す分には全く問題のない距離。しかも、一番後ろの席だし当たりと言ってもいいだろう。
ただ、俺の記憶違いじゃなければ左隣の席って────
「全員、自分の席の場所は確認したな~? それじゃあ、机持って移動~」
担任の合図で、教室が机と椅子を移動させる音で入り乱れる。
移動といっても、俺は今の席から二つ左にズレるだけ。
黒板までの距離は変わらないし、友達との距離もほぼ変わらない。
そんな環境でも、今まで通りの静かな学校生活────というわけにいかないのは、新しい席に座ってすぐに察した。
「隣は前田くんだね。よろしくっ」
「……よろしく、氷川」
俺の左隣。つまり、これから班活動をするときだけじゃなく。
いわゆる、隣の人と作業するときの相手も氷川藍ということになる。
「話したことある人で安心したよ。二学期は楽しくなるかも」
「……楽しいというより、騒がしくなりそうだな」
このキラキラして眩しい笑顔の隣で、二学期は学校生活を送るわけだ。
氷川と隣になれた嬉しさ。しかし、その姿が学校で大人気のイケメン女子であること。
絶対にハプニングにも巻き込まれるだろう点を考えれば、複雑な気持ちだけど……。
気になる人と隣の席になれたなら、これから学校への足取りが軽くなるだろうなと思った。




