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ナンパから助けた地味なメガネ女子の正体は、同じクラスのイケメン女子でした  作者: 結城ユウキ
第2章

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第69話 マイナスからでも


 こんな暑い夏でも運動に来る人は多くいる。

 暑いからこそ、スポーツセンターに来ているのかもしれないが。

 爽やかな汗をかいていく人たちを横目に、俺のほうは冷や汗をかきつつあった。


「えっと……」


「……久しぶり。私としては花火大会ぶりだけど」


 この一角だけ、妙な緊張感が広がっている。


 水を買いに行くと言った五十嵐の進路を塞ぐように立ちはだかる氷川。

 しかし、五十嵐の反応はというと、目の前の人物が誰なのかさえ気づいていない様子だった。

 まあ、メガネ姿の氷川しか知らなかったらそれも無理ないよな……。


「私が誰だか分からない?」


「藍……なの……?」


「覚えてるんだ。とっくに忘れられてるかと思ってたよ」


「わ、忘れたことなんてない……! けど、花火大会ぶりって……」


 そこまで言っても花火大会のほうは気づかないとは……。

 氷川の変貌っぷりってやはり凄いんだなと思わされる。


「あのとき俺の隣にいた子。今日は真逆の格好をしてるみたいだけどな」


「そのときは浴衣だったからね」


「えっ……。ほ、本当にあれも藍……?」


「名前、誤魔化さずにちゃんと言ってただろ」


「そう言われると……」


 いま思い返しても、あのときの氷川は珍しく詰めが甘かった。

 まあ、いきなりイジメた相手が現れたら戸惑うのも無理ないけど。

 逆に五十嵐のほうは、例の件を無意識のうちに蓋でもしてたんだろうか。


「ほら、お水。私の飲みかけでも良ければ」


 まだ動揺が収まりきらない五十嵐に、再び水を差し出す氷川。


「あ、ありがとう……」


「さっき毒入れたけど。それでも飲む?」


「……うん」


 毒を盛りたいほど恨んでいると。あのときの仕返しを受け入れるのか。

 まるで五十嵐を試すように、一切の笑みもなく発せられたそんな冗談。


 そう、冗談だと決めきっていたからこそ俺も油断していた。



「んっ、げほっげほっ!」



 水を口に含んだ瞬間、激しく咳き込みだす五十嵐。

 あまりにも苦しそうに悶えるその姿を見て、俺は血の気が引いていくのを感じる。


「お、おい。まさかさっきの言葉、本気じゃ……」


 こんなときでも無表情の氷川にゾッとして、思わず詰め寄りかけたとき────


「酸っぱい……」


「はっ……?」


「それ、家で作ってきたやつなんだ。買ってきたお水に酢を入れたの」


「な、なんでそんなドッキリじみたことを……」


「仕返し。私が味わったことに比べたら、まだまだ足りないけれどね」


 ひとまず本気で毒を盛ってなくてホッとした。

 ドッキリだなんて言葉を使ったけれど、氷川本人としてはそんな優しいものじゃないようで。俺への返事にも声のトーンは低いまま。

 その様子を感じ取った五十嵐も、うつむいて目を合わせられない様子だった。



「…………ごめんなさい」


「今さら謝らないでよ」



 謝罪に対して、冷たく言い放つのも分かる。

 俺も同じ立場なら絶対に受け入れない。

 それに今日は気持ちをぶつけて、中学の嫌な出来事にけりをつけるって話なんだから。


 ただ、俺の中では少しだけ揺らいでいる部分もあるわけで。


「氷川……。さっきまでの話も聞いてたよな?」


「もちろん。ずっと隣に座ってたし、ランニングマシンも近くで走ってたからね」


「え……」


「悪い、五十嵐。騙すようなことをしたけど、もともと氷川と話してもらうために呼び出したんだ」


「じゃあ、私にわざわざ説明させたのも……」


「氷川に聞かせるためだ」


 ここでようやく、今日の計画が俺だけのものじゃなかったことを五十嵐に伝える。


「でも、前田くんはあの話を信じたの?」


「俺にとっては関係ないよ。何を聞いても氷川の味方だから。氷川が判断するべきだ」


「嘘だって突き放したら、キミは私と一緒にこの人を責めてくれる?」


「……ああ。絶対に裏切らないよ」


 王子様としてのカッコいい氷川が向ける真剣な眼差しには威圧感があった。

 断らせないとばかりの、凍りつくような圧が。


 正直なところ、話し合ってくれたらいいなとは思っている。

 けど、俺がお節介で首を突っ込めるラインはとっくに越していて。

 俺に出来ることは、氷川の味方として見守り続けることだけ。


 そんな俺の答えを聞いて、口を閉ざしていた氷川が深く息を吐いた。


「はぁ……。来実が自分の意思でやってたことじゃないくらい私も分かってた」


「そう、なの……?」


「いつも私以上に辛そうな顔をしてたから。来実が私には手を出してきたとき、必要以上に周りを煽ってる人たちがいたし」


「……気づいてたんだ。でも、そんなの言い訳にはならないよね……」


「当たり前でしょ。私は優先されない存在なんだって突き付けられた気分だった」


 分かってても認めたくなかったのだろう。

 イジメの痛みだけじゃなくて、裏切られた痛みまで受け止めることになるんだから。


「優先されるような一番高いところにいる人たちは、さぞ楽しいんだろうなって思ってたよ。いつもクラスの中心で、困り事なんて無さそうで」


 さっきは氷川にああ言ったけれど。この話題において部外者の俺は、とても気安く口を挟める状況じゃない。


「そんなキラキラしてる世界に憧れて、嫌いだった自分を変えた結果が今の私の姿」


「じゃあ、藍は高校で上手くやれてるの?」


「ううん、失望したね。結局はどんな立場になったって関係ないんだと」


「……そう」


 キラキラした世界だと思ってた場所は、スクールカースト争いでドロドロしていたと。出会ったばかりの頃にそう言っていた。


 中学時代にあんな経験をしているなら、氷川にはひどく醜い争いに見えているはずだ。


「高校でも友達って呼べるのは前田くんだけ。そもそも、私の人生で友達なんて片手で数えられる程度なんだけどね」


「一人でも藍にそういう友達が出来たなら良かった……」


「でもその中の一人に、あのときの来実は入っていたんだよ? まあ、私の片思いだったけど」


「……ごめん」


「許す気はない。私はそんなに器の広い人間じゃないし」


 五十嵐も可哀想な立場だとは思う。

 そして氷川も、それを分かっていても許せないくらい酷い仕打ちをされてきた。


 きっとこの二人はいくら話したって、すれ違いが交わる瞬間などないのかもしれない。


「ただ────マイナスからでも、また始めてもいいとは思ってる」


「……っ!」


「ひ、氷川……」


「どうしてキミまで驚くのさ」


 正直、仲直りなんて出来ない。氷川が鬱憤を吐き出して終われればいいと思ってたから……。

 歩み寄った氷川の言葉はただただ衝撃で。漏れた声に反応されて、俺はさらに動揺が隠せなかった。


「今の私には、味方になってくれるキミがいる。それなら少しは心を広く持てるんだ」


 こんなときに、なんて気恥ずかしい台詞を言ってくるんだろうか。

 でも、些細な形であれ氷川の支えになれているのなら。それは素直に嬉しいことだった。


「もちろん、来実の考えにもよるけれど。少なくともあのとき片思いだったのは事実なわけで────」


「私、ずっと藍に謝りたかったの……!」


 氷川の言葉を受けて、食い気味にそう漏らす五十嵐。


「話し相手は多かったけど、上手く集団で生きることばかり考えてて……。でも、藍と話してるときだけは自分らしくいれた」


 一歩、氷川が歩み寄った効果か、五十嵐のほうからも吐き出すように気持ちが溢れてくる。


「謝ったって許されないのは分かってるし、これからも一生謝り続ける。だから……藍と接していく中で償わせてください……」


 それなりの数の人が行き交うスポーツセンター。

 そんなところで頭を下げてる人がいれば、自然と注目も集まるわけで。


 氷川のほうも仕方ないなという感じでため息をつく。



「はぁ……。これからまたよろしく、来実」



 頭を下げた五十嵐にも見えるように、手を差し出す氷川。


 これで良かったのかは、今はまだ分からない。

 今後の五十嵐の行動次第、氷川の気持ち次第では良くも悪くもなる選択だろう。


 お節介を焼いた身で生意気かもしれないけれど、これで少しでも氷川の心が晴れてくれることを願うだけだった。



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