第68話 過去の精算②
「その友達って────だれ?」
「……氷川藍。お前がイジメてたって相手だよ」
「……っ」
五十嵐がランニングマシンを操作すると、俺と同じくらいの速度にまでスピードが落ちる。
軽快に走っていたところから、ゆっくり歩く程度の速さに。
真っ直ぐでブレることのなかった視線も、今はうつむいて足元を見ているようだった。
「なんとなくそんな気がしてた……」
小さく呟かれたその言葉が、俺の心臓をドキッと焦らせてくる。
「何か気づかれるようなことがあったか?」
「前田くんの視線が冷たかったもん。私の罪を知ってるみたいに」
「……悪いな。騙すようなことをして」
「別に謝られるようなことじゃないよ。それに、悪人は私だから」
単に俺の警戒心が強すぎただけか……。花火大会の時点で気づかれてたら、そもそもの計画が全て失敗に終わってるところだったからな。
ただ、氷川の名前を出したことで、五十嵐にとって触れられたくない話なのは分かった。
「なあ、イジメてたって本当なのか?」
「……本当だよ。藍がどこまで話したかは分からないけど、嘘は言ってないと思う」
「何回か話しただけの感覚だけど、そういうことを好む悪人には感じなかったんだがな」
「それは見る目がないね。将来、詐欺にあうかもよ」
「……気をつけておく」
正直、こんなあっさりとイジメについて認めるとは思ってなかった。
ただ、肝心な部分は上手くかわされている気がして……。
探るような俺の視線に気づいたのか、今度は五十嵐のほうから踏み込んでくる。
「前田くんは、透也の友達だからって良い顔を見せてるだけ。人には誰だって裏の顔があるの」
「お前にも裏の顔が?」
「もちろん。あなたとは縁を切るよう、透也にお願いするかもしれない」
「そう言ってくる時点でないな」
こいつと話せば話すほど、自分の感覚が確信へと変わっていく。
もはや氷川の言ってる五十嵐来実が、同姓同名の別人なんじゃないかとすら思えてきた。
「私は最低な人間。これでこの話はおしまい」
「じゃあ、言い訳しないで認めるのか?」
「うん。イジメっ子が言い訳なんて、惨めでしかないじゃん」
「お前が根っからの加害者ならば、俺は星野に別れろと言わなければならない」
「……それはズルい」
星野には言われたくないのか。というより、他人に知られるのが嫌なのだろうか。
ズルいのは分かってるが、そんな反応を見せられたら利用させてもらうしかない。
「友達がイジメっ子と付き合ってるなんて知ったら見逃せるわけないだろ。言い訳があるなら言ってくれ」
「もう思い出したくないの。この件が私のトラウマだって想像ついてるんでしょ」
「悪気はなかった。お互いに楽しんでてイジメだと認識してなかった。イジメをするようなやつらは、そんな決まり文句を言うもんだと思ってた」
「……友達をイジメて楽しかったわけない」
「やっぱり、なにかあるんだな?」
「……外のベンチに行こ」
少し挑発的になってしまったが、ようやく事情を話す気になってくれたか。
あまり気分のいい手段ではなかったし、頭を使った慣れない会話に俺の体力は限界寸前。けど、ここまできたら最後まで付き合うだけだ。
ランニングマシンを降りた五十嵐を見て、俺もたどたどしい動作で降りると、そのままトレーニングルームの外へ。
いくつか空いている横長のベンチの一つに腰かける。
「……自分で言うのもあれだけど、中学のときの私って友達が多かったの」
「星野に見せてるあの雰囲気だったなら、それもそうだろうな」
「一軍の女子も教室の端にいる子も、誰にでも話しかけてた。転校してきた藍も馴染めてなくてさ。クラスで話しかけてたのも私くらいだったの」
そういえば氷川の話でも、転校したばかりのときに話しかけてくれた子がいたって言ってたな。
それって五十嵐のことだったのか……。
「でも、あるとき藍が一軍の女子に目をつけられて。私にも関わるなって命令してきた」
「じゃあ、イジメてたのは……」
「前田くんが想像してる通りだけど、私が手を出したことには変わりないよ。それも中学卒業までずっと」
「拒否しようとは思わなかったのか……?」
「断ったらその矛先が私に向く。それが怖かったの……」
この話が本当だとしたら、悲しいすれ違いだなとは思う。
もちろんやったことは許されないし、俺は氷川側の人間だから同情するつもりはないけれど。
「当時は自分が対象にならないように、必死に明るく愛想を振り撒いて。高校であの人たちから解放されたときには、もう人付き合いに疲れてこうなっちゃった」
五十嵐の胸中に渦巻く後悔が、言葉からも伝わってくる。
ただ、この話の真偽を判断するのは俺じゃない。
「……藍は、私を恨んでた?」
「恨んでいたかは分からないな」
「……元気にしてる?」
「気になるのか?」
「一応、友達だったからね……」
「それなら本人に直接聞いてみればいいだろ」
「藍はもう私に会ってくれないと思うから」
その言葉にどう返せばいいのか困ってしまう。
そろそろ、俺の今日の目的を伝えるべきかと思ったとき────
「ちょっとお水買ってくる」
おもむろに立ち上がって、この話から逃げ出そうとする五十嵐。
その進路を塞ぐように、隣のベンチからも立ち上がる人物が。
「はい、お水」
女子にしては高い身長。多くの人の目を惹く整った顔立ち。
メガネを外して、王子様と呼ばれている姿の氷川が────五十嵐と向き合っていた。




