第66話 ぶつけるためには寄り添って
「……五十嵐に気持ちをぶつけてみないか?」
自分をイジメてきた相手にぶつける気持ちなんて、文句や恨みしかないだろう。
それを承知の上で俺は提案している。溜め込んできた気持ちをぶつけろと。
その言葉を聞いて氷川は明らかに戸惑っていた。
「言えるわけないでしょ……。もしまたあの人に目をつけられたら……」
「今は学校も違うし。それに俺だっている」
「そうだけど……」
「正直、五十嵐の怖さは知らないけど、地獄の果てまで追いかけてくるやつじゃないだろ? 」
話した限り、そこまで物騒な人物には思えなかった。
もっとも、俺の感覚が外れていたら元も子もないけどな。
「……あの人の話はひとまず保留にさせて。それより、どうして私に昔のことを克服させたがるの」
「……五十嵐との件にけりをつければ、氷川も少しは素を見せられるようになるかと思ったんだ」
「私の素を……?」
「演じるようになった最初のきっかけは、昔の自分が嫌だったからだったよな」
「……そうだね。高校生になったら変わろうと思って、カッコいい姿を目指した」
「でも、それって────昔の自分が嫌いなうちは、演じようとする意識が強くなるんじゃないか?」
そこで、氷川は黙ってしまった。
いま突きつけたのが嫌な事実だということは理解してる。
学校での環境から解放されるために、まずひとつは氷川自身が過去と向き合わなければならない。
「もちろん、それですぐ学校で素を見せられるわけじゃないのは分かってる。でも、氷川が少しは楽になるんじゃないかって思ったんだ」
この件にけりをつけられても、それは数ある問題の一つを解決したにすぎなくて。
学校で自分らしくいられるようになるわけじゃない。
それでも俺は、引きずるくらいなら向き合ったほうがいいと思った。
「……あの人と話したとして、それを星野くんに話されたらどうするの。せっかくの仮面が剥がれ落ちるじゃん」
「仮にそういうことがあっても、星野の口はそんなに軽くない」
「私はそこまで信用できない」
「あいつが馬鹿みたいに盲目なやつだったなら、俺は縁を切る」
「そんなこと、前田くんにメリットある?」
「そもそも、五十嵐が加害者なら別れてしまえばいいと思ってるんだ。友達がイジメっ子と付き合うなんて気分が悪いからな」
星野には悪いけど、俺は五十嵐に良いイメージを持っていない。
もしも話に聞いたような人物なら、俺の周りのやつには一刻も早く手を引いてほしいし。
ただ、詳細な真実がどこにあるのか知らないのも確かで。
その上でも、俺は五十嵐来実という人物のことをハッキリさせたかった。
「……そこまで私の肩を持ってくれるんだ」
「これこそ余計なお節介だよな」
「……嬉しいよ。キミがそこまで私を想ってくれてるなんて」
その割には、氷川の声のトーンは低いままで。不安を抱えていることは見るだけでも明らか。
「もし不安なら、あのときみたいに可愛くオシャレをしてみれば話しやすいかもしれないぞ」
「……前田くんもついてきてくれる?」
「俺がいて邪魔じゃないのか?」
「……むしろ、いてくれないと困る」
「……氷川がそう言うなら」
ここまで首を突っ込んでおいて、最後は氷川だけに任せるのは無責任だもんな。
そこでようやく張り詰めていた空気も和らいできた。
「なら、前田くんを信じて会ってみるよ。私にとって大きな変化があるかは分からないけど」
「そうか。じゃあ、なんとか約束は取り付ける」
「でも、どうやって? 前田くん、あの人と連絡先の交換してるの……?」
「全く知らないし、興味もなかった」
「じゃあ、星野くんを経由しないとだよね。それはちょっと嫌かなぁって……」
俺としても、この件で星野に頼るつもりは一切ない。最悪の場合、別れさせようとしてるんだし。
だから、五十嵐と連絡を取る手段については別で考えてきている。
「この間のデートのやつ、星野だけじゃなくて二階堂もいてさ。そっちのカップルも来てたんだよ」
「二階堂くんにも相手いたんだ」
「本人たちとしてはまだ恋人じゃないみたいだけどな。その相手の宇佐美ってやつが、確か五十嵐とも連絡先を交換してたはず」
「それ、頼る相手が星野くんから二階堂くんになっただけじゃ……」
「いや、二階堂に頼ることもしない。宇佐美にお願いしようと思ってる」
「……その人とは連絡先は交換したの?」
「昔からの知り合いなんだよ。氷川のことも知らないから、少しはマシかなって」
「ふ~ん……」
「あいつなら内密にしてくれるはずだし。ぼかした説明で宇佐美に頼めば、五十嵐に繋いでもらうこともできると思う」
五十嵐に話したいことがある。それだけで連絡先を教えてもらえれば楽なんだけどな。
ただ、理由を聞かれても、あかねに説明したときのような感じでいけば誤魔化せるはず。
────問題は五十嵐を呼び出せるかどうか。
「……それならいいよ。キミの口が固いことは、あかねちゃんを見てて分かったし」
「あ~。そういえば勝手に脚色してごめん……」
「ううん。ちゃんと考えてくれてありがと」
「まあ、宇佐美の連絡先を知ってるのもあかねだから、またお願いしないとなんだけど」
「なんだか、あかねちゃん様々だね」
珍しくあいつが協力的なのもあるが、本当に今回は妹に頼ってばかりだ。
もう少し昔みたいに素直になってくれれば俺としては嬉しいけど。反抗期のやつに求めるにはハードルが高すぎる。
「それと、どうやっても俺が五十嵐とやり取りすることになるんだが大丈夫か?」
「……正直に言うなら、ちょっと嫌」
「だよな……」
「でも、私のためなんだし我慢する」
「もしあれなら、トーク画面のスクショでも撮って送るか……?」
「私、そこまで重くはないよ」
直接会ってどうなるか、こればかりは全く予想もつかない。
氷川にとって良い方向に転んでくれることを願うだけだな。
「ふぅ……。あかねちゃんと話すだけのはずだったのに、こんな話になるなんて思わなかった。今さらだけど、こんな格好で出てきちゃって恥ずかしいし」
「ごめん、焦らせたよな」
「モニターにあかねちゃんの姿が映ったときは、本当に心臓が口から出るかと……」
深く息を吐く氷川の表情も、やっと柔らかくなってきたようで一安心。
ただ、いきなり押しかけてこれ以上付き合わせるのも悪いと思い、俺はテーブルの端に置かれていた伝票に手を伸ばす。
「あっ、私が払うからいいよ。あかねちゃんに奢るって言ったし」
「いやいや、そんなわけにはいかないって」
「えっ、でも……」
「今日、あかねにお願いしたのは俺だ。氷川に出させるのは違うだろ?」
「だけど……」
やけに何か言いたげな氷川だったけど、俺は強引に伝票を手に取る。
────しかし、それを見て固まってしまった。
千円札でギリギリお釣りが来るかと思ってたけど、伝票に書かれていた金額は二千円を越えていたのだ。
「氷川……あいつめちゃくちゃ頼んでたか?」
「うん。すごい食べるなとは思ってたけど、こういうこと……」
「やけに協力的だと思ったら……」
もともと、なにか奢ろうとは考えてたけどさ……。
まさか向こうから強引に取り立てられるとは思いもしなかった。




