第65話 妹からのお膳立て
あかねから届いたメッセージを見るなり、俺は家を飛び出して、真夏の太陽の下を早足で進んでいく。
目的地まで歩くと少し距離があったから、途中の停留所でバスに乗って。なんとか暑さを凌ぎながら急いで向かった場所は、氷川の家の近くにあるファミレスだった。
「あっ、お兄~。こっちこっち」
店内に入った瞬間、そう呼びかけてくる声が聞こえてきて、奥の席で手を振っているあかねの姿を捉える。
「悪いな、あかね」
「まあ、その分のお代はしっかりいただくので」
「ほどほどで頼むよ……」
もちろん、こいつがタダで協力するとは思ってなかったけど……。前に言ってたクレープ屋にでも連れていくか。
ちゃんとした感謝はあとで伝えるとして、今はあかねの向かいの席に目を向ける。
そこには、今まで見た中で一番ラフな格好をしている氷川が。おそらく急に来たあかねに驚いて、慌てて出てきたんだろう。
目が合うと、なんとも言えない気まずい空気になる。
「ま、前田くん……」
「それじゃ、お兄。ちゃんと場は整えてあげたから」
「ちょっと、あかねちゃん。これってどういう……」
「ごめんなさい、藍さんっ。どうしても仲直りしてほしかったので」
「だからって心の準備が……」
「あたしと話したときみたいにリラックスすれば大丈夫ですよっ! お兄は怖い人じゃないですし」
何も説明を受けていない氷川の戸惑いっぷりを見てると、やっぱり強引すぎたかな。
ただ、こうでもしないと昨日の今日じゃ会えなかっただろうし……。
「じゃっ、ここからはお兄の番」
あかねは三人の時間をあまり作る気はないみたいで。
席から立ち上がると、カッコつけた仕草を俺に向けて店から出ていってしまった。
とりあえず、さっきまであかねがいた場所に座り、注文用タブレットでドリンクバーを頼む。
けど、二人になったテーブルには沈黙が広がるだけ。
氷川との会話に困るのなんて、出会ったばかりのころ以来だな……。
ただ、今日は話さなくちゃいけないことがあるんだ。小さく息を吐いてから俺は口を開く。
「その……ごめん。ズルいことした」
「……ううん。あかねちゃんの考えなんでしょ?」
「でも、最後に頼んだのは俺だから……。許可もなくあかねに家を教えたのもごめん」
「気にしてないって。前田くんが謝ることじゃない」
昨日の電話越しの声が残っていたのもあって、少し緊張してたけれど。氷川の声はいつもよりトーンが低めだった。
「私もごめんね。強く当たりすぎたなって反省してる……」
「それこそ氷川が謝ることじゃないだろ。俺の勝手な行動が引き起こしたんだし」
「前田くんは何も変なことはしてないよ。ただ友達やその彼女と会っただけでしょ」
このままお互いに自分が悪いと言い続けても、きっと終わることはないだろう。
俺は話を進めるべく、あらかじめ決めてきたことを氷川に伝える。
「五十嵐とはもう勝手に会わない。たとえ星野が一緒だったとしても誘われたら断るよ」
「そ、そこまでしなくていいよ。私が前田くんの交友関係を縛るのは違うと思うし……」
「でも、氷川は嫌だろ?」
氷川が嫌がることはしたくない。
そう思って言ったんだけど、氷川は言い渋る様子を見せていて。
「本心を聞かせてくれ」
一歩、俺が踏み込んでみたことでようやく話す気になってくれた。
「……ちょっと嫌だった。不安になっちゃったんだ。この楽しい時間だけじゃない。キミまであの人に奪われるんじゃないかって……」
「俺が氷川よりあいつを優先することは絶対にないよ」
「キミがそういう人じゃないのは分かってるつもり。今回だってきっと何か理由があったんでしょ?」
そうやってお見通しなところは、さすがだなと思う。
最初から相談しておけば、氷川を不安に思わせることもなかったのにな……。
「五十嵐に少しだけ違和感を感じたんだ。それが気になって」
「違和感……?」
「……俺も氷川と似たような経験があってな。その影響なのか、特に女子の……そういう嫌なやつが持ってる雰囲気がなんとなく分かるんだよ」
初めて話す、氷川と出会う前の俺の話。
感覚の問題だから、人に説明をするとどうしても抽象的な言い方になってしまうけれど。
「……ごめん、事情も知らないで」
「謝らないでくれ。今はもう平気だから」
「……前田くんから見て、あの人には嫌な雰囲気はあった?」
「俺の感覚の問題だから信じるかどうかは任せるけど、五十嵐は当てはまらない気がしたんだ。それでどういう人間なのか探りたかった」
「……探った結果は?」
「氷川。それを自分自身で確かめてみる気はないか?」
まだ確信は持てていないものの、五十嵐にも中学時代に抱えてる何かがある。
もしかしたら、氷川も絡んでいるかもしれない何かが。
「それって、私があの人に会うってことだよね……」
「そういうことだな。これは俺の押し付けがましいわがままだ」
「本当に……前田くんらしくない提案……」
「それでも抱えたままじゃなくて、けりをつけてほしいと思ってる。そうすれば、氷川の気持ちも前に進むんじゃないかって」
揉め事を起こしたくない俺にとっては、自分でもらしくないことを言ってるのは分かってる。
他人のデリケートな部分に土足で入りこんで、過剰に干渉していることも。
そしてこれから言うことは、そのなかでも特に踏み込んだものだった。
「五十嵐に気持ちをぶつけてみないか?」




