第63話 ランチタイムは素直になって②
八月半ばの陽射しはやっぱり強烈で、十分ちょっと歩いただけでも汗が吹き出してくるほど。
だからこそ、たどり着いたファミレスの店内はまるでオアシスのようにも感じた。
冷房がしっかりと効いていて、ソファだから座り心地も文句なし。
明らかに快適なはずのこの空間────なのに、私の身体からはまた違った汗が出てきている。
「このパフェと……このケーキで! 藍さんはどうします?」
「え、えっと……私はドリンクバーだけでいいかなぁ」
「じゃあ、ドリンクバー二つっと……」
タブレットの画面に映るスイーツの写真を、まじまじと見つめながら注文していくあかねちゃん。
そういえばスイーツが大好きだったっけ……。
確かに遠慮しないでとは言ったけど、想定外の食欲に私は苦笑いを浮かべる。
「これでよし。藍さん、飲み物取りに行きましょうかっ!」
「う、うん。そうだね」
私ったら昨日から動揺しっぱなしだ……。
喉も渇いていたことだし、熱くなった頭を冷やすためにも何か飲もう。そうやって気持ちを切り替えないと。
そんな風にまったりと構えていたけれど、どうやらそれは許してもらえないみたい。
二人で飲み物を取りに行って、席に戻ってくると、すぐに私たちの間の空気は一変する。
「お兄の浮気、怒ってます?」
「んっ……げほっげほっ。う、浮気……?」
「別の女の名前を出して、藍さんを怒らせて。お兄の自業自得ですよね」
「あ、あかねちゃん。やっぱりちょっと勘違いしてないかな?」
「いや、あたしが見たのは浮気現場でした! っていうのは、ちょっと盛ってますけど……」
「そもそも、浮気っていうのは付き合ってないと成り立たないわけで……」
「藍さんは優しすぎるんです。お兄はちょっとわがまま言っても、怒ったりしませんよ?」
「……でも、前田くんが誰と会おうとそれは自由でしょ」
そう。私と前田くんはそんな関係じゃない。
恋人が勝手に異性と会っていたら、それは怒ってもいいかもしれないけれど。
────私と前田くんは友達なんだから。
そんな私の反応が気に入らなかったのか、あかねちゃんは頬を膨らませてしまった。
「む~。そういう独占欲があったっていいと思いますけどね」
「友達のラインを越えた独占欲なんて、ただの迷惑だよ……」
「じゃあ、お兄が別の人になびいちゃってもいいんですか?」
「それは……」
あかねちゃんからそう言われた瞬間、ちょっとだけモヤっとした。
でも、それはあの人に奪われるかもしれないという焦りのはず……。
なのに、私じゃない別の異性の人に惹かれる前田くんを想像して嫌だなって思うのは、友達としての一種の独占欲なんだろうか……。
「藍さん。嫌なことは嫌って言うべきです!」
上手く言葉が出てこない中。あかねちゃんは、私の気持ちを見透かしたかのようにハッキリとそう言った。
「あたしのわがままですら、お兄は嫌な顔しながらも聞いてくれるんですよ? 藍さんのお願いなら、お兄はむしろ喜びます」
「でも、他人の交友関係に口出しするなんて重いじゃん……」
「重い女の子の何が悪いんです! 可愛いじゃないですか!」
「それはあかねちゃんの好みじゃないの」
「むぅ……。今の藍さんは重い女の子じゃなくて、面倒くさい子になってますよ……」
「うっ……」
そんなこと自分だって分かってる。
あかねちゃんがせっかく道を作ってくれてるのに、私は言い訳をひたすら積み重ねて。
仮面を被ってない私は臆病だから、踏み込むのが怖くなってしまう。
「まあ一応、お兄のフォローも兼ねて言っておくと、藍さん以外の女子には興味ないと思いますけどね」
「前田くんがそういう性格じゃないのは分かってるよ。昨日は、私に余裕がなかっただけだから……」
「分かってるならハッキリ伝えちゃえばいいじゃないですか」
それが出来たら、最初からあんなぶっきらぼうな態度なんてとってない。
だからって、このままでいいはずもなくて……。
「あ、謝るだけでも仲直りできないかな……?」
「その場しのぎでいいのなら。でも、また同じ喧嘩をするとあたしは思います」
「お待たせしました~。フレッシュメロンのパフェと、マンゴータルトになります~」
「あっ! ありがとうございますっ!」
そこで会話は途切れてしまい、あかねちゃんの意識はスイーツに。
────謝るだけじゃまた同じことになる。
幸せそうに食べるあかねちゃんの顔を見ている間、最後の言葉が頭のなかに残り続けていた。




