第61話 今は妹の言葉に甘えよう
俺の部屋の椅子に、腕を組んで座るあかね。
目を瞑って時折うなずきながら話を聞く姿は、頑固おやじかと突っ込みたくなるけれど……。とてもそんな空気じゃない。
今はあかねに、氷川を怒らせてしまった経緯の説明をしているところだった。
もちろん複雑な事情があるから、ときどきそれらしい嘘も混ぜながらだけど。
例えば、氷川と五十嵐の関係については、あくまでも中学時代に酷い喧嘩をしたとだけ伝えてある。
「う~ん、それお兄が関わる必要あった?」
「俺の自己満足ではある……」
氷川の中学時代の傷を癒すことが出来れば……。
もしかしたら、学校で本当の自分を見せられるようになって。氷川自身も楽になるんじゃないか。
この一連の俺の行動は、そう思ったがゆえの完全に余計なお節介だ。
ただ、学校での氷川の姿に関してはあかねが知らない部分だから。そういう俺の目的も話せないんだけどな。
「お兄、いつからそんなでしゃばりになったのさ……」
「でしゃばり言うな。少しは俺が気にかけたっていいだろ」
しかし秘密ばかりじゃ話も進まないので、俺はもう一つの目的をあかねに伝える。
「ある程度の和解をしておいたほうが、学校でも過ごしやすいだろうしな」
「学校違うんでしょ?」
「その五十嵐が俺の友達の彼女なんだよ……」
「うわぁ、ややこしくなってきた……」
今後、氷川が王子様を演じることなく、普段の素を出していくのを目指すのであれば……。
この一件は解決しておかなければならない問題になるはずだ。
「誰の彼女なの? あたし知ってる?」
「星野だよ。前に遊びに来たことあっただろ」
「やっぱそっちか。渚くんには、椿ちゃんがいたもんね」
「今日はその二人も一緒だった」
「えぇ~! じゃあ、あたしも行きたかった……。久しぶりに椿ちゃんに会いたかったのに」
「お前、宇佐美にはやたらなついてたもんな」
あかねの反応を見たら、やっぱり来てもらえば良かっただろうかと少しだけ後悔した。
こいつがいたら、俺もあんなに不器用に探ることはなかったし……。
一人で突っ走りすぎたなと、改めて心の中で反省する。
「っていうか、なんで藍さんと星野の彼女に繋がりがあるって分かったわけ?」
「花火大会のときにたまたまデートしてるあいつらと会ってな……。その後に氷川から話を聞かされたんだ」
「修羅場じゃん。でも、それなら星野たちも話してるよね? お兄だけが抱える必要も……」
「いや、向こうは二人とも氷川だと気づいてなかったみたいだから。それはないと思う」
「えっ、星野も気づいてないの?」
その指摘に、口が滑べらせたかと一瞬ヒヤッとした。
我が妹ながらこいつはたまに鋭いからな。
普通に知り合いと出会ったら、確かに気づかないのはおかしい。けど、あの日には気づかなくても仕方がない言い訳がある。
「花火大会のときは氷川もオシャレをしてただろ」
「いやいや、顔一緒だから気づくでしょ。鈍感、馬鹿すぎ」
「すごい当たりが強いな……」
それが正論といえばそうなんだけど……。
普段の氷川と学校の氷川が、同一人物だと見抜けなかった俺にも刺さるからやめてほしい。
「それにしたって、喧嘩した相手のこと忘れるかなぁ」
あかねの至極ごもっともな疑問に気まずさを感じて、俺は苦笑いでスルーさせてもらう。
都合の悪いところは隠して、あかねには申し訳ないけど。こればかりは俺が話したらダメだから。
「まっ、パパッと話をまとめるなら、二人を仲直りさせたい。あとは星野の彼女だから、五十嵐って人が問題児じゃないか探りたい……。そんなところ?」
「まあ、そう思ってくれていい」
「なに、その歯切れの悪さ」
「いや、あってる。あってるから」
五十嵐を探りたいという点はあってる。
ただ、氷川と五十嵐を仲直りさせようとは微塵も思ってない。
そもそもイジメてきたやつと仲直りなんてのがおかしな話だし。
それでも俺としては、氷川には一度でいいから五十嵐と話してみてほしいと感じていた。
そのためにも今日のことを謝って、氷川に許してもらわないといけないな。
「全部一人で勝手に解決しようとカッコつけてたら、藍さんを怒らせちゃったんだ?」
「言い返せないな……」
「はぁ……。そもそもお兄が女子に探りを入れるなんて無理!」
「……そこまでハッキリ言うことないだろ」
「普段は人に興味ないくせに、近しい人が困ってたら一人で力になろうとする。お兄の昔からの悪い癖」
「俺はそんな善人じゃない」
「それと乙女心も分かってなさすぎ」
「乙女心……」
「勝手に異性と会うなんて……。しかもそれが喧嘩相手とか藍さん傷ついたと思うよ?」
あかねからの怒涛の攻撃……いや口撃に、俺はノックアウト寸前。
まあ、人を知ろうともせず、人付き合いから逃げ続けてきたツケが回ってきたってことだな。
ただ、幸運なのは反抗期の妹が協力しようとしてくれてるとこだろうか。
「お兄はまずどうしたいの?」
呆れたような声色だけど、そこにはいつもの茶化す様子はなくて。
だからこそ俺も真剣に答える。
「……俺がした勝手な行動を氷川に謝りたい。そのあとで氷川としっかり話したい」
電話を切られたあとに一人だったら、頭が真っ白になったまま、この言葉すら口に出来なかっただろう。
友達を怒らせたのは初めてだったから動揺していた。
その気持ちを妹に向き合わせてもらうとは、なんて情けない兄なんだか。
「しょうがないなぁ。あたしが藍さんと話してきてあげる。家に来てくれなくなったら嫌だし」
だけど今回は、その言葉に甘えさせてもらうとしよう。
立ち上がって胸を張っているあかねが、今だけは頼もしく見えた。




