第60話 罪の告白をしたら
外から帰ってきた服のままベッドに腰かけると、自分の部屋なのを良いことに深いため息をつく。
星野と二階堂のダブルデートに付き添うという、自分が招いたよく分からないイベントも無事に終え。今はベッドに倒れ込むように寝転がりたい気分だった。
でも、そこをなんとか我慢して、俺はスマホのメッセージアプリを開く。
『(前田) 氷川、ちょっと電話かけてもいいか?』
今日一日、かなりの嘘を重ねて過ごした。
そんな中でも、やっぱり氷川には正直に話しておくべきだと思ったのだ。
『(藍) 電話?』
『(藍) いいよ』
五分くらい経って氷川から返信がくると、俺はメッセージの通りすぐ電話をかける。
「もしもし?」
『やっほ、前田くん。どうしたの、電話なんて珍しい』
「まあ、メッセージじゃなくて直接話したいと思ってな」
『その様子、何かあったわけだ?』
「はは……。氷川に誤魔化しはきかないな」
『前田くんとの付き合いも長くなってきたからね。キミが電話をかけてくるのは緊急事態のときだし、私も緊張してるよ』
「おいおい、それは大袈裟だろ……」
そう言う割には緊張感なんて一ミリも感じず、むしろ楽しさが伝わってくるのは気のせいだろうか。
ただ、声で本心が漏れていたのは俺も同じだったみたいで。
『にしても、声からしてちょっと疲れてるね』
「さっきまで友達と遊んできたんだよ。連れ回されたからそれで」
『それって、星野くんと二階堂くん?』
「……ああ」
『前田くんはかなりアクティブな夏休みを過ごしてるみたいだ』
「それは自分でも驚いてる」
俺自身の何かが変わったわけではないけどな……。
この夏の出来事は、全てにおいて氷川が関わってる。
もちろん今日だって、氷川の話を聞いてなかったら参加していなかった。
『もしかして電話をかけてきたのは、今日の思い出話を聞かせてくれるため?』
「そんなことで電話するわけないだろ」
『だよね、冗談。それで本題は?』
最後の一言で、氷川の声が少し真面目なトーンになる。
こうして本人に聞くのは気が引けるけど、それでも今後を考えたら切り出さなければならないことだ。
「────中学時代のことって聞いたりしてもいいか?」
『嫌だって言ったら?』
「そのときは諦めるよ。無理に聞くのも悪いし」
『ふふっ、本当は断るところだけどキミになら特別に。何を聞きたいの?』
怒られてもおかしくないと思っていただけに、意外とあっさりした反応で拍子抜けしてしまう。
ただ、まだ緊張は緩められない。繊細な話題だからこそ、氷川にとっては地雷だって話もあるはずだし。
「……最初はどんな学校生活だったんだ? やっぱり落ち着かなかったか?」
『う~ん、転校してきたばかりのときは静かな毎日だったかな。でも楽しかったよ。本当に少ない数だけど、話しかけてくれる子もいたし』
「じゃあ、五十嵐来実が絡んできたのは?」
『……私が転校してきてすぐ』
「そんな早くから……」
環境が落ち着いたのは、たしか中学一年の夏頃と言ってたっけ。
っていうことは、中学時代のほとんどが嫌な思い出なのか────
『どうしてあの人のことを?』
自分をイジメてた奴のことを急に聞かれたんだし、その疑問が浮かぶのも当然だろう。
改めて今日は、かなりの数の嘘をついた日だった。
でも、これだけは氷川にちゃんと話すべきだとも思ったのだ。
「実は今日、数日前に話したデートに参加して────五十嵐来実と会ってきたんだ」
そこから声が返ってくるまで少し時間があった。まるで電話が切れたかと思うくらいに。
『……どうして?』
「俺のわがまま。イジメてた奴と付き合ってる友達なんて嫌だし。それに、氷川の今後を考えたら五十嵐がどんな人間か知りたかった」
『私のためなら、勝手に会わないで』
「ご、ごめん……」
直接向けられたことのない鋭い声に、俺は反射的に謝罪の言葉を口にしていた。
『話はそれだけ? それならやることあるから切るけど』
「あっ、氷川……」
『また学校で』
そんな冷たい声を最後にブツっと切れる電話。
明らかに怒らせてしまったよな……。
悪いことをしたとはもちろん思っている。けど、あんな氷川の受け答えは初めてだったから、俺自身も少し動揺していた。
やっぱり他人の触れられたくない話題に、首を突っ込むもんじゃなかったな……。どうやってここから謝ればいいか……。
自分がやらかした勝手なお節介への、後悔のため息をついていたときだった。
急に部屋の扉が勢いよく開いて心臓が跳ねる。
「お兄、浮気?」
「なっ、違う! ってか盗み聞きしてやがったのかよ!」
「たまたま通りかかったら、違う女の名前が聞こえてきたからでしょ! マジでありえない。藍さんがいるのに別の女と会うとか」
「だから違うって言ってるだろ!」
「はぁ……。お兄がそういうことをする気もないのは知ってるけどさ」
なら、そんな冤罪は吹っ掛けないでもらいたいが……。あかねに話を聞かれてたのは少しだけ厄介だな……。
氷川の過去はもちろん、学校での様子を話すわけにもいかないし……。どうやって誤魔化したものか。
「説明、してくれるよね?」
「なんでお前に……」
「藍さん、怒らせたんでしょ? お兄だけで仲直りできるの?」
ちょっと痛いところを突かれて、俺は言葉に詰まる。
多分、メッセージを送っても逆効果だろうし。直接会うってなったら、夏休みが終わって学校でってことになる。
それだけ空いたら、きっと氷川との関係にも距離が生まれる気がして……。
自分の気持ちに正直になるなら、それはなんだか嫌だった。
ってなると結局はこいつを頼るしかないのか……。
そんな考えにいたった俺はしぶしぶ、あかねを部屋に招き入れた。




