第53話 子どもっぽい氷川の一面
氷川家の面々に俺が混ざった四人での会話は、思いのほか和やかな雰囲気で進んでいた。
すんなり話に入れたのは、つい先日、一緒に行ったレジャー施設の記憶が新しいおかげかもしれない。
「これがそのときのお土産だったのか」
「はい。藍さんには、うちの母や妹の無理によく付き合わせてしまって」
テーブルの端に置かれていたお菓子を見て、則文さんがそう呟く。
にしても、氷川の両親の前だから名前で呼んでるけど。藍さんって慣れないな……。
「ううん、謝るのは私たちのほう。仕事ばかりで藍に何もしてあげられてないのに……。あろうことか他のご家庭に頼りきるなんて……」
「本当に親として不甲斐ない……」
「い、いえ俺は特に何も……」
俺から誘うのは学校帰りの寄り道くらいで。
言われたようなやつは、母さんやあかねが無理やり約束をとりつけたみたいなものだ。
「前田くんにも、前田くんのご家族にも本当に感謝をしているの」
「ああ、藍はいつも楽しそうにキミとの話を聞かせてくれてね」
「ちょっと!」
「いいじゃないか。前田くんからも藍の話が聞きたいんだよ」
話のペースは則文さんと香織さんが握っていて。
それに振り回され気味の氷川が狼狽えてる姿は、少し珍しいものを見た気分になった。
「そんな風に話題に上がっているなんて、なんだか少し恥ずかしいような……」
「恥ずかしがることなんてないのよ。最近の私たちの楽しみは、キミと遊んだという話を聞くことなんだから」
「前田くんは、藍との時間の中で特に思い出に残ってることはあるかい?」
「俺ですか……!? えっと、学校帰りに寄ったゲームセンターですかね……。初めての寄り道だったのと、藍さんがすごく楽しそうな表情だったので」
「藍の顔、好き?」
「えっ!? き、綺麗な顔をしてるなって思います……!」
「ふふっ」
答えた瞬間、香織さんにすごい笑顔で見つめられた。
質問の流れに乗せられて口にしたことだけど、なんだかとんでもない台詞を発してしまったような……。
香織さんの視線が俺の隣に移ったのを見て、俺も目を向けると────両手で顔を覆う氷川が。
「なんでそういうこと真面目に答えるかなぁ……」
「ご、ごめん」
「私たちが伝えても軽く受け流すのに、男の子に言われると照れるなんて……。我が子ながら本当に可愛い反応っ」
「少し複雑でもあるけどな。藍にもそういう相手が……」
「お、俺たちは友達なので!」
「ははっ、そうだったな。こちらまではしゃいでしまったみたいだ。藍はあまり友達のことを話す性格じゃなかったから」
中学のときの出来事を聞かされていると、それもそうだろうなと思ってしまう。
だからこそ、親に話そうと思うくらいに、氷川がこの関係を気に入ってくれてるのが嬉しくもあった。
「そういえば、藍とは何がきっかけで話すようになったんだい? いつの間にか藍の口から、キミのことが出てくるようになってね」
「えぇっと……」
「変な人にナンパされて、そこを前田くんに助けてもらったの」
「なんだって?」
どこまで話していいのか困って、ちらりと氷川に視線を送ると。すぐに嘘偽りなく語られた。
それは話して良かったのか……。聞いた瞬間に、則文さんがすごい怖い顔で驚いているけれど。
「前田くん、よく助けてくれた! そんな失礼なやつから守ってくれてたとは」
「そ、そこまでのことでは……。実際、相手が逃げ出していったのは藍さんの言葉ですから」
「ハッキリと言えたのは前田くんがいたからで……」
「つまりは、その段階で二人の相性は良かったってことだな」
「本当に前田くんには感謝ばかりね。藍は私に似て背が高いけど、そういう変な人はどうしてもいるし」
「小さい頃に空手でも習わせるべきだっただろうか」
学校での王子様としての振る舞いに加えて、空手まで極めていたら……。
ちょっと考えただけで、黄色い歓声がすごいことになっていただろうなと想像がついた。
今のメガネをかけている氷川の姿でも、ギャップがあっていいと思うけど。
「何か変な妄想してない?」
「してないしてない。ちょっと空手をやってる氷川を想像しただけで……」
「どうだった?」
「見てみたい世界線ではあった」
「ははっ。でも、小さい頃の藍は絶対にやってくれなかっただろうな」
「そうそう。小さい頃といえば、アルバムを持ってきたの」
「えっ、なんてもの持ってきてるの!? 前田くん、見ないでいいよ!」
「ちょっ、氷川……近いって……」
氷川が俺の目を覆うように手を伸ばしてきて、その反動で身体が少しくっつく。
ただでさえ、先日のレジャー施設であった滑り台の一件のせいで、生々しい想像になってしまうのに……。
しかも、氷川のご両親がいる前なんだから勘弁してもらいたい。
「ふふっ、本当に仲良しなのね。でも、小さい藍だってすごく可愛いんだから。前田くんにも見てもらわない?」
「見てもらうにしても、心の準備っていうものが……」
「実は、さっきからチラチラと見えてはいる……」
「えっ!?」
氷川が慌ててたからか、スラリとした指の間からでもアルバムは見えていて。
俺がそう言うと氷川の手は離れ、視界がハッキリしてくる。
改めてじっくり見てみると、小さい頃から顔が整ってるなぁ……。というか、お母さんもかなりカッコいいし。
真正面に座るご両親にチラリと目を向けると、遺伝というものはあるんだと強く感じさせられた。
幼稚園のとき、小学校低学年、高学年……。
どれも表情としては明るいわけじゃなく。氷川の素の笑顔を知っていると、暗い印象を抱くけれど……。小さい頃の写真なんて、全員こんなものだろう。
可愛いというのはそれでも確かに伝わってくる。
アルバムにまだ空きはあるものの、写真は小学校の卒業式で終わっていた。
「そうだ、前田くんと写真は撮ってないの? せっかくだからこのアルバムに……」
「ないよ。写真に写るのが嫌いなこと知ってるでしょ」
「……そうだったのか」
「前田くんもその反応やめて」
「おや、前田くんは何か知っているのかい?」
「いえ、怒られそうなのでやめておきます……」
プリクラがあるけど、それは見られたくないんだろうな……。俺としても恥ずかしさのほうが勝つし。
「あははっ、いい男の子だな」
「私たちが心配するまでもなかったかもね」
「最初は一人暮らしなんてどうかと思っていたんだが────」
「あっ、お父さん……!」
さらりと会話の中に出てきた単語。
氷川が反応していなければ、聞き逃していたかもしれないくらいで。
「はっ? 一人暮らし!?」
当たり前のように発せられたその言葉は、俺の頭を再び混乱へと導いた。




