第5話 憧れるのも分かった気がする
「それじゃあ、授業はここまでだ。今日やったところはテストに出すからな」
教師のその言葉に続くようにして、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
そしてこのチャイムは、昼休みの開始を知らせるチャイムでもあった。
前日に氷川と一緒に昼飯を食べる約束をしたのはいいけど、詳しいことは何も聞かされていない。
向こうから誘ってくれるようだけど、チラチラと視線を送ってみても反応はなかった。
「遊介~、学食行こうぜ」
そうこうしてる間に、星野に声をかけられてしまった。それを聞いて二階堂も近づいてくる。
「えっ!? あ 、あぁ。学食なぁ……」
「ん? なんだよ、その変な声」
「何かあったの、遊介?」
俺の上擦った声を聞くなり、星野と二階堂は訝しげな視線を向けてきた。
いっそのこと、お腹痛いとか嘘ついて教室から出て行くかな……。
上手い言い訳が思い付かない焦りから、そんなことを考えていると────
「前田くん、ちょっといいかな」
ようやく待ち望んだ声が。すがるような思いで見上げると、そこには相変わらずのキラキラオーラを放つ氷川がいた。
割り込んできた人物の意外さに、星野と二階堂も驚きの表情を浮かべている。
「な、なんの用だ?」
「先生が呼んでて。私と前田くんにだけ用があるみたい」
その瞬間、俺だけじゃなく星野や二階堂、周りのやつらまで固まった。
それは流石に無理があるんじゃないだろうか……。
俺と氷川だけが呼び出される状況なんて、不自然すぎる。スクールバッグを持ってるのだっておかしいだろ。色々突っ込みたくなる。
「……なるほどな。へぇ、遊介にも春が来るなんてなぁ」
流れる沈黙を破ったのは、星野だった。
こいつは何を分かったつもりになってるんだ。
小声でからかってくる顔はニヤつきまくってて、妙に腹立たしくなる。
「勘違いしてるだろ。呼び出されただけだ」
「そういうことにしといてやるか。あとで話、聞かせろよ」
これはどんなに否定しても、しばらくは話題にされるな。
深くため息をつきながら、ついてくるなと目線で釘を刺しておく。
心なしか集まってる気がする教室中の視線を掻い潜りながら、氷川に連れられて教室を出た。
俺たちが向かった先は────ここ最近の定番になっている場所。
昼休みでも、相変わらず使う人がいない階段に座り込む。
「勘違いされてそうだったね。あの嘘、バレバレだったかな?」
「ツッコミどころは大アリだったな」
俺は呆れ笑いを浮かべながらも、冗談めかして言う。
戻ったときの星野の反応が面倒くさそうだから、スマートにしてほしかったのは本当だけど。
「色々と考えはしたけど、やっぱ難しかったよ……。地味女に良いエスコートは思いつきません」
頬をかきながら、困ったような顔で苦笑する氷川。
学校のイケメンスタイルでそんな表情を浮かべているのを見ると、なんだか不思議な気持ちになる。
どうやら結構悩ませてしまったのかもしれないな……。任せっきりにしたのが申し訳なくなってくる。
「あの二人の件は俺の問題だし、氷川は気にしないでくれ。何とか誤魔化しておくから」
それより────話題を変えようと、俺は置かれたスクールバッグに目をやる。
「そうだった。はい、お弁当」
氷川に差し出されたのは可愛らしいチェック柄の巾着袋。
こんな経験なんて初めてのことだから、少し緊張しながら両手で受け取る。
巾着袋が手に乗った瞬間、ずっしりした重量感が伝わってきた。
「量は多めにしたつもりだけど、少なかったらごめんね?」
「気にしなくても良かったのに。でも、ありがたくいただくよ」
巾着袋の紐をほどくと、袋の中には二段に重なった弁当箱が。
「結構な自信作だから開けてみて!」
氷川に促されるがまま、片方の弁当箱の蓋を開けると────
「おぉ……! どれも美味そうだな」
弁当箱にぎっしり詰まった、多数のおかずが俺の目に飛び込んできた。
肉じゃがやハムカツが、カラフルな小さいカップに綺麗に詰め込まれてて。
他にも、たまご焼きやほうれん草のおひたし、小さな串に刺さったプチトマトに、マカロニサラダなどなど────健康面もしっかりと考えられた弁当だ。
「ちゃんと全部手作りだからね? 証拠を見せろって言われたら困っちゃうけど」
「そこは疑わないって」
疑うつもりはもちろん無い。だけど開けた瞬間から気になっていることはある。
「このハムカツとか朝から揚げたのか? 大変だろ、朝からこんな手間がかかるの」
「昨日のうちに、ある程度準備してるから思ってるほどじゃないよ? 料理は割と楽しいし」
「そうなのか……」
驚きのあまり、出てきた言葉はそのシンプルな一言だけだった。
どうやら、想像してるよりも氷川の料理スキルは高いらしい。
「お腹空いたしさっそく食べよっか」
「そうだな」
────いただきます。
二人で合わせた声が、静かな階段に響く。
箸を手にすると最初に伸ばした先は、ずっと気になっていたハムカツ。
「……んっ、美味いな!」
衣はサクッとしていて、何層にも重ねられたハムの間にはチーズが入っていた。
チーズ入りハムカツは初めて食べたけど、意外と合うんだな。油っこさとか全く感じず、どんどん箸が進む。
「良かったぁ。これは頑張ったかいがあったかな」
緊張から解放されるように、ふにゃっとした笑みを浮かべる氷川。
カッコいいほうの姿でそんな笑顔を見るのも、なんだか新鮮だった。
そんな姿を横目に見ながら、俺は次に肉じゃがを口に運ぶ。
「これも美味い……! よく味が染みてるし、じゃがいもだってほろほろで……。本当に料理上手なんだな」
「そんなに褒めても何も出ないよ~? でも、自分の料理を誰かに食べてもらうのって初めてだったからホッとしたよ」
サラッと言われた言葉が衝撃的で、思わず咳き込んでしまう。
「えっ、これが初めてなのか!? 昨日の感じだとてっきり作り慣れてるのかと……」
「あははっ。親にも作ったことないからね。正真正銘、初めての手料理だよ?」
突然のイケメンムーブをされて俺は言葉に詰まる。
氷川のほうはというと、からかう余裕すらある表情で。心なしかキラキラオーラが増しているような気がする。
「他のやつにそんなこと言ったら、一発で勘違いされるぞ?」
「誰にでもは言わないよ。それに、キミは勘違いしないでしょ?」
なんだか声のトーンが変わったような……。
そう思って氷川に目をやれば、やけに真剣な表情を浮かべていた。
「……まぁな。俺だけがこんな美味しいものを味わって、独り占めして悪いなと思うくらいだ」
「ふふっ、褒めるのが上手なんだから」
冗談めかして返してみると────氷川の表情はいつも通りに戻っていた。
それでも俺の頭の中には、一瞬見せた表情が強く残っていて────
たまに見せる、感情が読み取れない表情。そのときに氷川が何を思っているのか。
それを理解出来るほど、俺はまだ氷川のことは知らなかった。
「よぉ、遅かったな?」
「なにニヤニヤしてんだよ……」
俺が席に戻るのを待ちわびていたような表情で、星野は明らかにニヤついていた。
その隣では二階堂が苦笑を浮かべている。
「どうだったよ、氷川さんとの時間は」
相変わらずのテンション感に、自然と深いため息が漏れてしまう。
無駄な気もするけど、否定はしておかないとな。
「お前な、勘違いしすぎだぞ?」
「でもなぁ、省エネ主義で面倒事を避ける遊介が、昼休みに呼び出されるようなことをするなんて……。俺の記憶だと一度も無かったんだよ」
「気のせいだろ。ってか、そんなこと記憶するくらいなら勉強に使え」
これはもう、何を言ってもこの調子だろうな。
隣で何も言わず、ずっと苦笑を浮かべるだけの二階堂に視線で助けを求める。
「僕も珍しいとは思ったかな。氷川さんと話してるとこなんて見たことなかったし」
「二階堂まで……。お前らな……」
結局、この日は放課後までしつこく二人から追求されることになったのだった。




