第49話 湯上がりの相談
「ふぅ……。少し温まりすぎたか」
エアコンがほどよく効いた静かな部屋に、そんな俺のひとり言だけが響く。
やっぱり俺一人だとやけに広く感じるな。
ボーッとしながら、なんとも非日常的だった今日の出来事を思い返す。
最初は気が進まなかったプールを、なんだかんだ楽しんで。ショーを見た後には、夕食のバイキングで腹を満たした俺たち。
そして最後は、一日動き回った疲れを温泉で癒すことにしたのだ。
あかねと母さんは長風呂派だからきっと、まだまだ時間がかかるだろう。
そんなことを思って、気を抜いたときだった────部屋の扉が開く音がして俺は焦る。
「あっ、前田くん。戻ってたんだ」
「氷川だけか。ずいぶん早いな」
「私は普段からシャワー派だし。少しは広いお風呂を味わったけどね」
「女子って長風呂のイメージがあった」
「それは偏見だよ」
「メガネ、かけなくていいのか?」
「プールほど人は多くないから。キミが前田くんだってことくらいは分かるし」
風呂上がりだからか、ほんのり紅い頬がやけに色っぽく感じて……。
見慣れない雰囲気にドキドキしてしまう。
「は~。でも、お湯に浸かると疲れが取れるね」
そう言いながら、アロハシャツを着た氷川が伸びをすると、チラッと白いお腹が覗く。
その無防備さが、余計に目のやり場を困らせてきた。
もう少しガードが固い服のほうがいいんじゃ……と思うけど、これは仕方のないことなのだ。
南国をモチーフにした施設なだけあって、部屋着として用意されていたのがアロハシャツなんだから。
「あかねと母さんが一緒じゃ、温泉でもゆっくり出来なかっただろ?」
「ちょっと緊張はしたかも。同性でも裸を見られることってあまりないし」
「それは分かる」
「まず私なんて、水着でもなかなかに恥ずかしかったんだから」
「やっぱり、まだ自信は持てないか」
「前田くんから見たら、私のスタイルは自信を持っていいものだった?」
「なんて質問してくんだよ……」
正直、氷川のスタイルで自信を持てなかったら、今日のプールにいた他の人はどうなってしまうんだろうか。
普段から薄々感じてはいたけど、氷川はものすごくスタイルがいい。
締まった細いお腹とくびれ。水着だと、脚の長さや顔の小ささなんかも分かりやすくて。
バランスの良い綺麗な身体は、まるでモデルみたいだと思った。
そんなことを冷静に思い出してる自分に、どこか罪悪感を覚える。
「ふふっ。ちょっと意地悪だったかな」
「……最初に水着姿を見たとき、感想言っただろ。俺の意見はあれが全てだよ」
「……そっか」
そこで氷川に照れられたら、こっちが恥ずかしくなる。
エアコンは効いているはずなのに、どんどん部屋が暑くなっているような気さえした。
会話が途切れて、お互いまともに顔を見ることもできず。やや気まずい空気が流れだしていたとき────部屋の扉が勢いよく開いた。
「温泉広かった~!」
沈黙なんて知らないとばかりに、テンションの高いあかねの声が割って入ってくる。
「はぁ……。騒がしいやつが戻ってきやがった」
「お兄のこと部屋から追い出してもいいんだけど?」
「あ~はいはい。悪かった」
「その言い方、思ってないじゃん」
「それより、母さんは?」
「もう少し入ってるって」
まあ、風情は台無しになるけれど、タイミングとしてはあかねが来てくれて助かった。
涼んでいたはずなのに何故か暑くなってきたし、少しだけ頭を休ませるか……。
「飲み物買ってくる」
「お兄、あたしの分もお願い~」
「あとでしっかり金取るからな」
「あっ、私も行く」
「氷川の分なら俺が買ってくるよ」
「ううん、ちょっと歩きたくなったから」
「じゃあ、一緒に行くか……」
そこまで言われてしまうと、断るほうが不自然になってしまう。
結局、氷川と一緒に部屋を出てホテルの自動販売機へ。
昼とは違い、賑やかさが落ち着いた夜の雰囲気はとにかく静かだった。
これから同じ部屋で泊まるからなのか。俺たちの間には緊張感も走っていて。
隣を歩く氷川の存在が、頭を決して休ませてはくれなかった。
ホテル特有の優しい光に照らされるフロアを少し歩けば、一際眩しい光を放つ物体が見えてくる。
ほとんど会話もせずに、ただ人数分の飲み物を買うだけ。
ガタンッ。ペットボトルが落ちてくるそんな音だけが大きく響いて。
お金を払ってボタンを押せば飲み物が出てくる。なんて簡単なシステムなんだろうな。
けど、その便利さが時には物寂しく感じた。
結局、いまいち頭のリセットも出来ないままだったな……。
これ以上ここにいても仕方がないので、部屋に戻ろうとしたとき────ふと、手を掴まれる。
「ねぇ、座っていかない?」
二人掛けの小さなベンチの前で、氷川からの短い提案。
「別にいいけど……」
「ありがと」
一緒についてきたこと。そして、ここで俺を引き留めたこと。
何か二人きりじゃないと出来ない話があるのかと思って、俺は先にベンチに腰を下ろす。
遅れて氷川も隣に座ってくるけれど、再び黙り込んでしまった。
「えっと、どうかしたか?」
どこか硬いようにも見えた氷川の表情。
言いづらいことなのかと構えながらも、背中を押すつもりで俺から話を切り出してみる。
すると、答えはすぐに返ってきた。
「実は、前田くんに相談というか、お願いしたいことがあって……」




