第46話 水着で揺らぐ心
「おお~。いい部屋っ!」
バスに揺られて三時間。長い時間をかけて辿り着いたこともあって、自然と期待が高まる中。
チェックインを終えた俺たちを扉の先で待ち受けていた部屋は、想像以上のものだった。
「かなり広いな」
「景色もいいし、セレブになった気分~」
「こんなにいい部屋が宿泊券で泊まれちゃうだなんて、なんだか申し訳なくなったきちゃうわね」
家族で泊まれるということで、部屋の広さはかなりもの。
大きな窓からは、雄大な山や木々によって自然を感じられるようになっている。
南国をモチーフにしたリゾート施設で、どうして和室なのかは疑問だけど。満足感はかなり高かった。
しかし、一つ問題点があって……。
「でも、お兄と同じ部屋ってことだけが嫌だなぁ」
「俺もだ。お前と同じ部屋だと騒がしくて、せっかくの絶景が台無しになるから最悪だ」
「あはは……。まあまあ、二人とも仲良く」
「藍ちゃんの前だし、こんなところに来てまでみっともない姿を見せないの」
最初の段階で考えれば分かったことだが、ファミリー向けなので、部屋はこの大部屋の一つのみ。
人気のある広縁こそ、襖で仕切れるようになっているけれど、スペースなんて僅かなものだ。
最悪、あかねや母さんと同じ部屋で寝る分には問題ない。
ただ、今日は氷川もいるわけで……。
「藍ちゃんは本当に大丈夫だった? 間違いは起こさないように強く言ってあるし、私も気をつけて見るつもりだけれど……」
「大丈夫ですよ。遊介くんのことは信用しているので」
「お兄が変なことしようとしたら、あたしが蹴りあげますからっ!」
「あははっ、頼りにしてるね」
「おい、何もしないから物騒なこと言うな」
まあ、状況が状況ではあるし家族の信用がやや低めなことはスルーしよう。
だが、氷川と一緒だからって変な気を起こすほど俺の倫理観は欠けていない。
むしろ、同じ部屋にいることへの罪悪感のほうが勝ってしまうくらいだ。
「まっ、最悪お兄はあの狭いとこに座って寝ればいいんじゃない?」
「俺だけ旅行じゃなくなるんだが?」
「私は大丈夫だから。キミも自分を大切にしてよ」
「わ、分かった……」
「藍さん、お兄に甘すぎじゃないですか?」
「ふふっ、普段は優しくしてもらってるからね」
「それより! 荷物も置いたことですし、さっそくプール行きましょっ!!」
同級生の女子と同じ部屋で寝るなんて、夜になっても信じられないだろうな……。
今から変な緊張している自分が心配になる。
能天気なあかねが羨ましいと思いながらも、今はレジャー施設を楽しむことにした。
プールなんて人が多くて面倒くさいし、濡れるだけの何が楽しいんだというのが俺の考えだ。
雰囲気にこそ乗せられることはあるけれど、特に気分が上がるわけでもない。
話の流れであかねに連れてこられたときは、そんな風に思っていた。
けど、更衣室の近くで二人のことを待っているときに、そんな冷静さは消え去ってしまう。
俺は失念していたのだ。
────プールでは水着になるということを。
「藍さん、急にどうしたんですか」
「いや、なんか恥ずかしくなってきちゃって……」
「可愛いんですから自信持ってくださいっ。ほらほら!」
「えっ、ちょっと……」
あかねに背中を押されるようにして、更衣室から出てきた氷川。
「お、お待たせ……」
その姿は、素直に綺麗だと思った。
真っ白な水着は、日に焼けていない氷川の肌とすごくマッチしている。
上はフリルがあしらわれたタンキニだけど、下はミニスカートタイプで。長身やスタイルを活かしたカッコ良さもありながら、可愛いにも割り振られた水着だった。
そして、胸元はしっかりとガードされているけれど、腹部はわずかに露出されていて。
普段は見ることの出来ない部分を見たせいか、なんだかドキッとしてしまう。
ただ、水着姿と同じくらいのインパクトのものが……。
「……なんでもうゴーグルかけてるんだ?」
「えっ? ああ、プールだとコンタクト駄目だし。メガネもかけられないから、度が入ったゴーグルにしてるの」
「あたしたちがいる間は外しててもいいんじゃないですか?」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
ゴーグルを外した氷川を改めて見ると、やっぱり可愛いという言葉がすぐに浮かんでくる。
誰かにこんな感情を持つのは初めてかもしれない。
水着という特別なものに影響されているのか。
それとも────氷川だからなのだろうか。
「っていうか、お兄は藍さんに言うことあるでしょ」
「あ、ああ……まぁ……」
そういえば、水着を見ての第一声はゴーグルをツッコんでしまったな。
口に出すのは少し恥ずかしいけれど、ここは正直になるのが良い気がした。
「す、すごく……可愛いと思う」
「あ、ありがとう……」
お互いに顔を赤くして、たどたどしい距離感になってしまう。
目線も合わせられないし、どこを見ていいのかだって分からなかった。
「うわぁ、お兄のそういうとこ見るとなんか寒気がする」
「失礼だな。お前には関係ないだろっ!」
そんな茶々を入れてくるあかねも、もちろん水着姿だ。
しかし、氷川より露出が多いことには驚いた。
なんというか、妹の水着には特になんとも思わないもんだな……。
ガッツリ開いてる胸元を見ても、柔らかそうな腹部を見たって。特に俺の感情に変化はない。
「ん、お兄こっち見んな。水着見られるのなんかイヤ」
「悪かったな。けど、妹の水着姿なんか興味もないわ」
「うざっ! 妹にも可愛いくらい言ったら?」
「幼さがあっていいんじゃないか。中学生じゃないみたいだ」
「悪意を感じる! 嬉しくない!!」
しいて言うなら、中学生でその水着はどうなんだろうと心配にはなる。
でも、あかねに対してそれ以上の感情は湧かないし、周りにも水着の人は沢山いるけれど余計にどうでもいい。
それなのに氷川にだけは、明らかに特別な何かが俺の心の奥で渦巻いていた。
この感情がどんな想いからくるものなのか。
分かっていながら、俺はその答えから目を逸らした。




