第43話 忙しない夏を呼びよせる者
氷川との特別な時間を過ごした花火大会から一週間。
あれから特にメッセージのやり取りはなく、ただただ何もない日々が流れていっていた。
部活に入ってない俺にとって、学校を気にする必要もないし、昼まで寝てたって起こされない。
この自堕落な生活の毎日はありがたかったけれど、それでもやはり憂鬱になる要素もある。
膨大なまでの宿題だ。
どうして天から地に突き落とすようなことをするのか。毎年疑問に思うが、文句を言ったって宿題は減ってくれない。
「俺にしてはかなり頑張ったほうか……」
一時間、しっかり集中して取り組んだ成果を見ると、本気で自分を褒めたくなる。
休憩がてら何か飲もうとリビングに降りていくと、テーブルではあかねが突っ伏していた。
あんな感じのときは、関わっても良いことないからスルーしよう……。
「むぅ~。つまんな~いっ!」
俺が通りかかった瞬間に、そんな声をあげるあかね。
それでも一切反応はせずに、キッチンで作業をしてる母さんの後ろをすり抜けて、冷蔵庫からお茶を出す。
「お兄、なんで無視するわけ?」
「反応したらしたで、話しかけてくんなって文句言うだろ」
「まあ、そうだけどさ」
なんて理不尽な妹だ……。つまんないからって、イライラを俺にぶつけてくるのはやめてもらいたい。
「お前は宿題やんなくていいのか? 今月末になって焦っても知らないぞ」
「ちゃんと計画たててるし。でも、つまんないとやる気が出ない」
「計画通りにやらなきゃ、計画の意味がないんだよ。甘えんな」
「甘えてないっ。ただ、こんな毎日だと出来ない宿題があるんだもん」
「そんなものあるわけないだろ」
相変わらず、この妹の屁理屈にはため息が出る。
ただ、あかねは声をさらに大きくして主張を繰り広げてきた。
「あるからっ! 美術の宿題。夏休みの思い出を絵で描けって。このままだと、家でゴロゴロ寝てるあたしを描くことになるじゃん」
「それでいいんじゃないか」
「良くないっ! そんな絵を描いたら絶対バカにされる」
「じゃあ、妄想で描くしかないだろ」
「そんな悲しいことある!? お兄じゃないんだから」
俺はそんなことしねぇよ。素直に家でゴロゴロしてる自分を描くわ。
まあ、それは置いておくとして。美術の宿題がそんな内容だと、あかねの言い分も少しは通じてしまうな……。
ただ、毎日暇だったかと言われると決してそういうわけでもなく……。
「花火大会にも行ったし、バーベキューだってしただろ。そのことを描けばいいんじゃないのか?」
「う~ん、なんかインスピレーションが浮かんでこないんだよね」
「お前は面倒くさい芸術家か」
「ねぇ、お父さん~。せっかくの夏休みなんだからどこか連れてってよ~」
あかねの矛先は、珍しく仕事が休みの父さんへと向けられた。
ソファに座ってニュース番組を観ていた父さんは、驚いた反応を浮かべながらも真剣に考えだす。
「そうだなぁ。近くの店に買い物でも行くかい?」
「夏休みじゃなくても行けるじゃん」
「それじゃあ、あかねはどこに行きたいんだ?」
「どこかバカンスに行きたいっ! そう、バカンスにっ!!」
めちゃくちゃなことを言い出したよ、この妹は……。
叶うわけもないそんな無茶ぶりを聞かされると、呆れてため息が出てくる。
「あかね、いい加減に────」
「そういえば、仕事先の人からプールがあるレジャー施設の宿泊券をもらったような……」
「えっ!? そういうことは早く言ってよ!!」
流石に調子に乗りすぎだと思い、あかねを止めに入ろうとしたときだった。
思い出したかのように立ち上がって仕事の鞄を漁り出す父さん。
鞄の中に潜り込んだその手が次に見えたときには、数枚のチケットが握られていた。
「ほら。家族でって四人分もらったんだ」
「いつ行く? 明日からでも行けるよ!」
「いや、父さん明日は仕事だし……。連休もないからな……」
「じゃあ、もらい損じゃん……」
「あかね、お父さんを困らせちゃダメよ」
チケットを見てパッと明るくなったり、父さんの予定を聞いてふて腐れたり。感情が忙しいことで……。
ただ、母さんから怒られると、あかねのテンションも落ち着いたものになる。
「むむむ……。ごめんなさい……」
「無駄にするのもアレだから、母さんと三人で行ってきたらどうだ?」
「えっ、いいの!?」
「ちょっとあなた……」
チケットはもったいないけれど、この話は諦めよう────というところで、皆が驚きの提案が父さんから飛んできた。
「温泉もあるみたいだし、母さんも気分転換してくるといいよ」
「でも、宿泊券なんでしょう? あなたのご飯とか……」
「泊まりって言っても一泊二日だろ。どこかで弁当でも買ってきて食べるさ」
「お父さんもこう言ってることだしさっ。行っちゃおうよっ!」
「う~ん、いいのかしら」
そんな風に父さんは言っているけれど、母さんの不安なのか申し訳なさなのかは消えないようで。少し遠慮がちな表情を浮かべる母さん。
対してあかねはというと、その横で勢いを取り戻していた。
こいつには反省という言葉はないのだろうか。
「せっかくもらったチケットだからな。楽しんできたらいい」
「それじゃあ、甘えさせてもらおうかしら……」
「決定~! やった! ねねっ、いつ行く?」
「あかね。その代わり、母さんを困らせるんじゃないぞ」
「分かってるよ。ありがとね、お父さんっ」
「遊介も。お前は心配してないが、母さんを頼んだぞ」
さっきから思ってたけど、行くって言ってないのに俺も数に入れられてるんだな……。
プールはあまり好きじゃないし、気も進まないが仕方がない。自分なりの楽しみ方を見つけるとしよう。
「でも、一枚もったいないね」
「仕方ないだろ。その分、俺たちが楽しめば……」
「あっ、藍さん呼んじゃダメ?」
「はっ?」
あかねからの突拍子もない提案に、俺は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
「この間のお友だちか。親御さんの許可が出るならいいんじゃないか?」
「そうね、せっかくなら声をかけてみたら?」
「いやいや、流石に本人が来ないって言うと思うけど」
「一応、聞くだけ聞いてみたらいいだろ」
父さんにそこまで言われてしまうと、どうにも断りづらかった。
でも、氷川にも予定があると思うし。変な気を遣わせてしまわないだろうか……。
そんなことを考えて躊躇っていると、あかねが何やらスマホをいじりだす。
「お兄が聞かないなら、あたしが聞いちゃうけど?」
「おい待て、分かったから。メッセージは送ってみるよ」
あかねからこの件の話をされるくらいなら、俺が自分で送ったほうがまだいい。
その場で簡単に内容をまとめて打ち込むと、氷川とのトークルームに送信する。
このメッセージが、忙しない夏休みのきっかけになるとは。今はまだ思いもしなかった。




