第39話 花火大会の告白
街灯もない暗い石段を上ること五分。
氷川と話しているとあっという間に感じた時間だけど、俺の足はもう悲鳴をあげていた。
「やっと着いた~」
「中々の運動だったな……」
「そんなこと言ってると、またあかねちゃんに『お兄の引きこもり~』って言われちゃうよ?」
「絶妙に物真似が上手いのやめてくれ」
今の状況をあかねに見られれば、間違いなくそう言われるだろうな。
たった五分で太ももがパンパンに張っているんだから、日頃の運動不足を少しだけ反省する。
帰りにまたあの石段を下るなんて、考えたくもないけど。
「こんな広場みたいなところあったなんてな」
「誰もいないみたいだね。すごい静か……」
「普通の人なら、あんな階段上ろうとは思わないだろ」
「それもそっか」
こぢんまりとした展望台だけど、目の前は開けていて街の明かりが遠くまでよく見えた。
「花火大会だっていうのに、一人もいないとは。この近辺の人にも知られてないんだな」
「教えてくれたキミのお母さんに感謝だね」
「ここで昔、父さんと母さんがデートしてたって考えたら、ちょっと複雑だけどな」
この場所を教えてもらったとき、ご丁寧にデートエピソードまでついてきたのは想定外だった。
友達の恋バナならまだしも、自分の親のそういう話はなんとも言えない気持ちになる。
「キミだって今日は私とデートだし、前田家に受け継がれていくデートスポットになっちゃったりして」
「付き合ってないんだから、デートとは言わないだろ」
「恋人同士じゃなくても、男女で花火大会はデートとしか言えないでしょ」
確かにそれは俺も同意見だけど……。デートなんて誰が聞いても勘違いするだろうし、俺たちだって関係性を間違えかねない。
そう考えると、これをデートと認めるのはやっぱり気が進まなかった。
「別に恋愛感情を抱いているわけでもないんだから。デートじゃなくて、青春ってことにでもしておいてくれ」
「ふふっ、キミが青春とか口にするなんて珍しい」
「あいにく、普段は青春とは真反対に生きてる人間なもんでね」
「それを言ったら私もじゃん」
「氷川はその気になれば、キラキラした世界に飛び込めるだろ」
──そんなに可愛いんだし。とは口には出さなかった。
氷川は人を惹き付ける魅力を持っている。
それが作り物だったとしても、努力をすれば手に入れられるんだから、やっぱり少し違う世界に生きているように感じてしまう。
俺には作ることすらできないものだから。
「私は青春とは真反対のほうが落ち着くんだけどね。キミとの青春なら楽しいし大歓迎だよ」
「……そりゃどうも」
「あっ、照れたでしょ?」
「照れてねぇよ。よくそんな恥ずかしいことを面と向かって言えるなと思っただけだ」
「素直になればいいのに~」
アドリブに弱い、星野と鉢合わせたときの姿からは想像もできない言葉。
真面目に気持ちを伝えたいとき、氷川はすごく真っ直ぐになる。
学校でもこんな風に振る舞えばいいのにとは思うけど、同時に俺だけが知っていたいとも思った。
「はあ……。あそこのベンチが母さんが言ってたところだな」
「話題変えた」
「もう勘弁してくれ……」
俺は人付き合いが下手くそだし、素直に伝えるのだって得意じゃない。
熱くなった顔を少しでも夜風で冷やそうと、氷川に背を向けて柵の近くのベンチへと歩く。
「いい景色~。確かにこれなら花火もよく見えそう」
「ほら、ラムネ。そろそろ始まるだろうから飲んで待ってようぜ」
座り心地はとてもじゃないが良いとは言えない、木で作られたベンチ。
ラムネ二本分くらいの間を空けながら、俺と氷川は並んで座る。
「私、ラムネって上手に開けられないんだよね。泡吹き出してこない?」
「それ、ビー玉が落ちてからすぐに手を離してたりしないか?」
「確かに離してるかも……?」
「なんで疑問系なんだよ」
「最後に飲んだの結構前だから、自信がなくて……」
苦笑を浮かべる氷川を横目に、ラムネのキャップについたシールを剥がして、玉押しと呼ばれるものを俺は手に取る。
「こうやってやれば……」
片方の手でラムネを押さえながら、もう片方の手の平で玉押しを真っ直ぐ押し込むと────カランッ、ビー玉が落ちる軽い音が響いた。
同時に炭酸が上がってくるから、俺は数秒の間、玉押しを強く押さえ続ける。
落ち着いたのを確認してから手を離せば、氷川に手の平を見せた。
「ほら、吹き出してこないだろ?」
「へぇ~そんな裏技あったんだ」
「別に裏技ってわけじゃないけどな」
俺がやった手順を真似するように、氷川もラムネのキャップ部分から玉押しを手に取る。
──カランッ。再び軽い音が響くと、じっと真剣な表情で押さえ続ける氷川。
あまりにも力が入っているから、つい笑いそうになってしまう。
「おぉ、本当だ。今度から使わせてもらお」
「そんなにラムネ飲む機会あるのか?」
「無いかもねぇ。あはは……」
軽く瓶をぶつけ合って乾杯をしてから、ラムネを渇いた喉に流し込む。
暑いときに飲む炭酸はいつもより美味しく感じるし、祭りや浴衣といったムードがさらに美味しさを倍増させてくれた。
夏の虫たちの鳴き声がよく聞こえる静かな時間。
そんな中でポツリと、夜空を見上げた氷川が呟きだす。
「私、夏祭りとかって幼稚園のときに連れてきてもらったのが最後なんだ。だから、久々にこういうところに来れてすごく楽しかった。ありがとね」
「なんだよ、急に」
「前田くん、乗り気じゃなかったでしょ? 私のわがままに付き合わせちゃったなって、少し反省したの」
学校ではあんなに王子様として皆を魅了しているのに、本当の姿は気にしすぎなくらい悩んで落ち込んだりする子だ。
そして、何故だか俺には恥ずかしいことも平気な顔して言える変わった子。
本音をぶつかられると、俺もちゃんと言葉にしないといけない気がして……。
「俺も……今日は氷川と来れて楽しかったよ。だから謝らないでくれ。わがままに付き合ったとか思ってないし」
「ふふっ、なら良かった。それじゃあ来年も付き合ってもらおうかな」
「おいおい。来年まで俺と関わってて大丈夫なのか?」
「私は好きで選んでるから。むしろ、前田くんが離れていかないか心配だよ」
「まあ、平和な生活が脅かされなければ……?」
氷川と絡んでいるところを見られたら、お互いに学校では大変なことになるだろう。そうなったときには、この関係だって続けるわけにもいかなくなる。
改めて考えると、さっきの星野との場面だって本当に危なかったのだ。
氷川もそれを思ったのか、 視線を下げて黙ったまま。
雰囲気が暗くなったところに────遠くのほうから一際大きな音が響き渡ってきた。
「わっ、始まった! すごい綺麗に見えるよ!」
「これは本当に穴場だったな……」
音に反応して二人で顔を上げると、遮るものが何一つなく夜空に咲いている鮮やかな花火が。
正直さっきまでは、どうしてこれだけの人が花火を見に来るのかと半分馬鹿にしていたところもある。
けど、自分でも意外なことに身体の内側から込み上げてくるテンションはかなり上がってきていた。
ふと、隣に目をやれば、花火の明かりに照らされて輝いている氷川の綺麗な横顔。
俺の視線に気づいてか、花火を見上げたまま氷川が口を開く。
「ねぇ、前田くん。この機会に話したいことがあるんだ」
「またそんな改まって。今度は何の話なんだ?」
「────中学生までの私のお話」




