第38話 二人きりの花火大会④
星野と鉢合わせるハプニングを乗り越えた俺たちは、どこか隠れるように人の流れにただ身を任せて、両脇に屋台が広がる通りを歩いていた。
腹も膨れて、遊び尽くしたもんだから雰囲気を楽しむだけになっているが。
そして、一度は離れた手も再び氷川に握られて。迷子にならないように俺たちを結びつけている。
「まだまだ花火大会まで時間あるのに、だいぶ混んできたね」
「だな。もう屋台も楽しみ尽くしたし。やっぱり、もう少し遅く家を出ても良かったな」
「キミのお母さんとあかねちゃんに言われたら、逃げられないでしょ」
「おっ、氷川も分かってきてくれたか」
きっとその二人は、まだ涼しい家の中でくつろいでいるのだろうけど。
目的もなしに歩き続けたところで、ただ疲れるだけだし……。
何か時間を潰せるものはないかと考えて、俺は一つの屋台が思い浮かんだ。
「氷川、ちょっと付き合ってもらっていいか?」
「うん、もちろんいいよ」
そうして、氷川の手を引きながら向かった先は────『型抜き』と書かれている屋台。
「型抜き……? なにそれ」
「やっぱり初めてか。板状のお菓子に書かれている絵を、割らずに針でくり抜くゲームだよ。それで成功すれば商品ゲットってやつ」
「へぇ、こうしてお店になってるくらいだから難しいってことだよね」
「数えられるほどしかやったことないけど、俺は成功したことないな」
俺自身だけじゃなく、周りでも成功しているやつは見たことない。
正直、成功なんてするわけないゲームだとすら思っているけど、時間を潰すにはちょうどいいだろう。
「そう言われたら少し気合いが入るね。やってみよっか」
「決まりだな。おじさん、二人分お願いします」
「はいよ~」
そうして、それぞれ板状のお菓子を受け取った俺たちは、低い机に合わせてしゃがむ。
氷川のほうに目をやれば、どうやらお菓子に書かれていた絵は傘の形のようだった。
俺のほうは花の形か……。久しぶりにこの型抜きも見るけど、成功させる気のない形をしているなと改めて思う。
「これ、やり方とかってあるの?」
「形に沿って地道に削っていったり、端のほうから力を入れて割っていったり。人それぞれだから、氷川の好きにやればいいと思う」
「攻略法もないんだ。それじゃあ私は地道にやっていこうかな」
「氷川はそっちタイプか。なら俺は端から攻めることにするか」
お互い針を手に持つと、机の上のピンクのお菓子と向き合う。
感覚なんて、昔にやっただけだから覚えているわけもなく。恐る恐る力をいれて、端から割っていく。
周りの騒がしい空気とは裏腹に、俺たちは二人揃って無言になるほど集中していた。
「あっ、しまった……」
力加減を間違えたと感じたときにはもう遅く。花の茎の部分がパキッと割れてしまう。
「やっぱ、絶対成功しないだろ……」
相変わらずの難易度に愚痴をこぼしながら隣を見ると、氷川はまだチャレンジ中のようだった。
俺が失敗したのにも気づいていないみたいで、完全に入り込んでいる。
まじまじ見ると、本当に綺麗な顔してるよな……。
無意識のうちに氷川に見入ってて、かなり近い距離で並んでいたことをそこで実感する。
少し動けば肩が触れ合う近さ。そんなことに気づいた瞬間、心臓が急に早くなって──
「ああっ。割れちゃった……」
突然あげられた氷川の声で、俺は我に返った。
机の上を見ると、傘の柄の部分がポッキリ折れたお菓子が。
「さすがの氷川でも難しかったか」
「途中まではいい感じだったんだけどなぁ」
「ホント、絶妙に性格の悪い形してるよな」
「そうじゃなくて……。まじまじ見られたら緊張しちゃうじゃん」
恥ずかしそうに、ぼそりと呟かれたその言葉。
見ていたのがバレてたと知ると、一気に俺も顔が熱くなる。
誤魔化すように時間を確認すると、花火大会までは一時間を切ったところだった。
「そ、そろそろ移動しておくか? さっきより人も多くなってきたし」
「そ、そうだね。例の教えてもらった場所って、どれくらいのとこにあるの?」
「多分、二十分かからないくらいだと思う」
例の教えてもらった場所────実は花火大会に行く前に、母さんから穴場スポットを教えてもらっていたのだ。
花火が見えて人も少ないとのことで、氷川にも相談したら、せっかくだからと穴場スポットで見ることになっていた。
「二十分ならいつも歩いているし。キミとならあっという間だね」
「屋台とか無いだろうから、何か買ってくか?」
「途中で喉渇いちゃうかもだし、飲み物でも買おうかな」
そんな話をしていると、向かいにラムネを売っている屋台を見つけて氷川と顔を見合わせる。
花火のお供に最適であろう飲み物を手に入れると、人の流れに逆らうようにして会場から抜け出した。
十分ほど歩けば、辺りの熱気はだいぶ落ち着いてきて。屋台や人混みから感じられるお祭りの雰囲気は少なくなっていた。
もう、迷子になる心配もないというのに手は未だに繋いだままで。
離すタイミングを完全に無くしてからは、変に意識してしまっている。
浴衣を着た男女が手を繋いでいたら、誰もがカップルだと思うよな……。
そんな邪念を書き消そうとスマホで地図を確認しながら、マーカーが示す場所を目指す。
「ここみたいだけど……。結構暗いな……」
「大丈夫って言われても、これはちょっと勇気がいるね……」
木々が続く中でふと現れた、整備がされていなさそうな石の階段の前。
そこで俺たちは足を止める。
顔を上げて階段の先を見つめるけれど、ちゃんと道が続いているのかすら分からなかった。
「引き返すか? 人は多いだろうけど、見れる場所なら他にもあると思うぞ?」
「せっかくここまで来たんだから、行ってみようよ。あっ、前田くんが怖いなら引き返してもいいけどね」
「バカ言うなよ。氷川が怖いだけだろ」
「私はホラー平気だから」
氷川の表情から強がっている様子は感じられないから、本当にホラー耐性はあるのだろう。
俺も平気なほうではあるけど……。
だからといって、未開の地みたいなところに足を踏み入れるのはまた別な気もする。
「ちゃんと道あるよな……」
「スマホのライトで照らせば見えるんじゃない?」
「確かにな。それでいくか」
街灯もない道をスマホの光だけっていうのは、少し心許ないけれど、足元の安全くらいは確保出来そうだ。
そうしてお互い、繋いでいないほうの手でスマホを持つと。顔を見合わせて覚悟を決める。
一歩目を踏み出せば、自然と二歩目三歩目と足も動いた。
「こんな階段を上っていたら、夏祭りの定番イベントが起こるかもね」
「定番イベントに、こんな物騒なところ出てこないだろ」
「歩いている途中でよくあるじゃん。鼻緒が切れて、おんぶしてもらうやつ」
「……ここでは勘弁してくれよ」
「あっ……」
「おい、冗談でもやめろって」
「あははっ、ごめんごめん」
氷川はかなり細身だけれど、身長は俺と同じくらいあるわけで。
たいした運動もしてない俺が、その氷川をおんぶしてこの石段を上るのはまず無理だ。
「なんか、こんな話してるとフラグ立ってそうで怖いな」
「万が一のときは頼りにしてるから」
「助けを呼ぶのは任せてくれ」
屋台の人混みだけでも疲れたけど、まだこんなことを言い合える余裕があるなら大丈夫だろう。
もしもの話をして笑い合いながら、俺たちは先の見えない石段を上っていった。




