第3話 落ち着かない帰り道
「お待たせ。これで昨日の地味な子が私だって信じてもらえる?」
クラスの中心人物である氷川に、半ば強引に連れていかれた場所で待たされること数分。
ようやく戻ってきたのは────昨日、コンビニの前で助けたあの女の人だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当に昨日の子が氷川……?」
「何度も言ってるじゃん。それとも、助けた子が地味すぎてどんな顔かも忘れちゃった?」
「それは覚えてるさ。確かに顔は昨日の子だって分かるんだけど……。あまりにも普段と違うから……」
言葉を選ぶ余裕すらないほどに、俺の頭は混乱していた。
イケメン女子として広まっている普段のイメージからは真反対と言っていい、地味なメガネ女子の姿。
「そうだよね。でも、こっちが本当の私だから」
「この地味なほうが?」
「あははっ、言ってくれるね」
「いや、ごめん。違くて……」
「いいよ。地味なのは私が一番分かってるし」
氷川から自虐的な言葉が出てきたことも衝撃だけど、今は目の前の変化がまだ受け入れられない。
俺は、氷川の顔を凝視したまま黙りこんでしまう。
「そういう訳だから。あそこまでしてくれたんだし、最後まで面倒みてくれるよね?」
「……分かったよ」
この姿なら、誰かに見られたとしても氷川だとは思われないだろう。
そうして、断る気力も無くなった俺は渋々引き受けることになった。
いつもは一人の帰り道も、隣に人がいるとなんだか落ち着かない。
氷川の家に向かって歩いているこの道は、俺が普段から使っている帰り道だった。
今まで目撃したこと無いと思うけど、家はわりと近くだったのか……。
隣を見ると、猫背気味で弱々しい雰囲気を感じさせる氷川がいた。
学校ではセットされていた髪も、今は落ち着いている。
やっぱり同一人物とは思えないよな……。
「あのさ、なんで帰るときだけそっちの格好してんだ?」
「この格好のほうが落ち着くからだよ。学校の姿だと視線を感じるしね」
「じゃあ、学校で変装してる理由って?」
「質問祭りだ」
「ごめん……」
「ふふっ、いいよ。なんでだと思う?」
逆に質問を返されたもんだから、咄嗟に頭を回転させて考える。
「チヤホヤされたいからカッコよく変装してる……みたいな?」
「当たらずとも遠からずって感じかな」
失礼かとも思った俺の回答にも、氷川は笑って受け流してくれた。
だけどその笑みはすぐに消えて、どこか遠くを見るようなものに変わる。
「元の私は見た目通り、性格まで地味でサバサバした子でさ。そんな自分が大嫌いだったんだ」
氷川の声のトーンが真剣になったのを感じたから、俺は黙って話を聞くことに。
「高校では絶対変わろうって決めて、入学に合わせてイメチェンしたんだけど……。初日で嫌になっちゃった」
嫌になった、その言葉を聞いてなんとも信じられない気持ちになる。
教室での様子を見る限り、大人数で楽しそうにしていたはずだ。
「クラスの中心にいる人たちのノリとか人間関係とか、眩しくて憧れてたのに……。実際は人間の嫌なところが詰まった空間だった。それをたった一日で感じられるほどにね」
氷川の表情は恐ろしく冷たかった。失望するような、そんな眼差し。
でも、なんとなく氷川の言いたいことは分かる気がした。
人間の悪意の部分は、関わると面倒くさいものだから。
「だけど、入学式の一日だけで私のことが結構な噂になっちゃて……。今さら引くに引けなくなっちゃったってわけ」
「……大変なんだな」
「私の自業自得だよ。あっ、コンビニ寄るからちょっと待ってて」
そんな言葉を残すと、氷川は一人でコンビニへと駆け込んでいってしまった。
────昨日、氷川と出会ったコンビニに。
どこまでが本音なのか、いまいち掴むことが出来ない人だ。
それにあの冷たい表情────学校での姿からは、まず考えられないものだった。
「はい、助けてくれたお礼」
「冷たっ!?」
突然頬に感じた冷たい感覚に身体が飛び跳ねる。
すぐさま距離を取ると、アイスを二つ手に持った氷川が笑みを浮かべていた。
「ふふっ、驚きすぎだよ。ちゃんとしたお礼はまた今度ね?」
「別にお礼とかいらな────」
「ダメだよ?」
氷川は自分の人差し指を俺の唇に当ててくると、言葉を遮ってきた。
「キミは、あのとき勇気を出して間に入ってきてくれたでしょ? そのお返しはちゃんとしないと」
学校の姿でこの振る舞いをされたら、確かに女子は惚れるだろうな。
「その姿のときくらい、イケメンムーブはやめたらどうなんだ?」
「あっ……。制服を着てるとつい、ね。惚れちゃった?」
「惚れるわけないだろ。俺は氷川ファンじゃ無いからな」
「はは、だよね」
氷川ファンとは言ったけど、本当に熱狂的な人のことは信者と言ったほうが適切かもしれない。それくらい、とにかく熱量がすごい。
氷川の反応を見るに、あまり触れたくないようだけど。
「そういうわけで、一つお願いをきいてあげるから考えておいてね。明日の帰りにでも聞くから」
「明日も一緒なのか……」
「しばらくは目をつけられて危険かもしれないんでしょ?」
昨日の俺は、何を無責任に言ってくれてるのだろう。今回ほど自分の言葉を後悔したことはない。
「氷川にお願いしたいことなぁ。特に無いんだけど」
「これでも一応、クラスの人気者を独り占め出来るんだよ? それで何も無いって、あまりにも無欲すぎない?」
「そうは言われてもな。無いものは無いんだからしょうがないだろ。まぁ、考えてはみるけど」
一日考えたところで、何も思い浮かぶ気はしないけど。そのときはそのときだろう。
どうせ、来週には関わらなくなるんだ。
適当にお願いして受け流しとけば、氷川も満足するはず。
「あっ、ちゃんと常識の範囲でね? 冗談でも不健全なお願いをしてきたら……」
「しないしないっ! ちゃんと分かってるから。っていうか、俺をなんだと思ってるんだ」
「あははははっ、ごめんって。キミはそんなことしないよね」
予想通りの反応に満足だったのか、夕陽に照らされる氷川の笑顔があまりにも楽しそうだったから、俺もつられて笑ってしまった。
くだらないやり取りを重ねていると、いつしか辺りは俺の知らない町並みへと景色を変えていた。
さっきのコンビニからは十五分くらい歩いただろうか。
「着いたよ。ここが私の家」
そう言って氷川が足を止めたのは、大きなマンションの前。
見上げると、十階はありそうなマンションだった。
「意外と俺の家と近いところだったんだな。これなら通学中に会ったりしてそうだけど」
「意識してないと気づかないものじゃない? それより上がってく? 親いないけど」
この氷川の表情がイタズラな笑みだってことは、帰り道でのやり取りを思い返せばすぐ分かった。
これでまた焦ったりすれば、思うつぼだろう。だから俺は冷静に心を落ち着かせる。
「いいや、疲れたから帰る」
「そっか。じゃあ送ってくれてありがと。気を付けてね、また明日」
氷川が鍵を差し込むとオートロックの扉が開いて────その姿が、マンション中へと消えていく。
ポツンと一人残されると、緊張の糸が切れたからか自然と息が漏れた。
最初はどうなることかと思ったけど、案外楽しい帰り道だったな。
「お願い、何にするかなぁ……」
ふと、もう明日の帰りのことを考えている自分に驚く。
夕暮れの住宅街で俺は一人、見慣れぬ景色を眺めながら歩いた。




