第26話 波乱の勉強会②
思わぬ形で氷川やクラスメートの二人が加わって、六人になった勉強会。
「ん~。藍、ここ分かんない~」
「あっ、私も分からないところがあって……」
「順番にやっていこうか。大沢さんのほうはね────」
向かいの席では、問題集を開くなり氷川への質問が始まっていた。
真ん中に氷川、そして両脇に大沢と今野が挟むように座っている。
やり取りを聞いてて分かったのが、ギャルのほうが大沢。おとなしいほうが今野だということ。
「氷川さんって頭いいんだったっけ?」
星野が唐突にそんな疑問を口にした。
すると、俺の向かいに座る大沢の目が鋭いものに。
「はぁ? 藍は学年一位だから! そんなことも知らないの?」
「あ、あはは……っ」
こんなに強く言われると思ってなかったのか、星野は押され気味に苦笑を浮かべている。
氷川の頭がいいのは知ってたけど、まさか学年一位だったとは。俺もそのことは初めて知った。
「でも、氷川さんは凄いよ。二位の人を五十点以上離してるんだから。僕も頑張らないと……」
話に入ってきた二階堂の目には、対抗心が燃えているようだった。
言われてみれば……中学の頃は毎回一位だった二階堂が、高校では三位だったことにその当時は驚いたっけか。
「前回のは高校に入って初めてのテストだったし、たまたまだよ」
「そんなこと無いって! 藍の実力だよ」
「うんうん、藍なら次も一位だよ」
氷川は謙遜してるけど、両隣の二人がとことん持ち上げる発言を続けている。
この二人は、かなりの氷川信者みたいだ……。
こうして様子を見ていると、ストレスが溜まるのもなんとなく分かる気がした。
「ねぇ、藍。次はここなんだけど……」
「私もここ……」
改めて勉強を始めてから、三十分ほどが過ぎた頃。
大沢と今野からの質問責めは、ほぼノンストップで続けられている。
氷川は、嫌な顔ひとつせずに教えているけど────問題集を見ると、二ページしか進んでいなかった。
それがどうにも気になって、俺の課題も捗らない。
星野がズケズケと指摘してくれればいいんだけど……。こういうときに限って、真面目に勉強に取り組んでるんだよな。
見ているだけなのも罪悪感があるし、それに何故だかイライラしてる自分もいた。
「なぁ、さっきから見てたら氷川の課題がほとんど進んでないようだけど。質問ばかりしてないで、少しは自分で考えたらどうだ?」
「は? なんで、あんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?」
想像はしてたけど、俺の言葉を聞いた大沢が鋭い目付きで睨んでくる。
俺たちの間の空気が、一気にピリッとしだした。
「ど、どうした? 遊介」
「大沢さん、落ち着いて……」
一触即発な状態を察してか、星野と氷川が止めに入ってくる。
二人には悪いけど、口に出してしまった以上は俺も引くわけにいかない。
「確かに、俺が口を挟むことでもないんだけどな」
「なら、藍のことを分かったように言わないで」
「分からないのはお前も同じだろ。それに課題が進んでないのは事実だ。これで氷川の点数が下がったらどうするんだ?」
「それは……」
点数のことを出すなんて、ズルい言い方だったかもしれない。
だけど本当に氷川が好きなら、自分のことだけじゃなくて氷川のことも考えてやればいいのに。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。私は大丈夫だから……」
この期に及んでも平然とした氷川の態度に、俺は複雑な気持ちになる。
この感情はきっとお節介だろう。
氷川なりの上手い場の収め方だってことは分かってる。
そうだとしても────
「本気で言ってるのか?」
「えっ?」
無理をしている姿を、ただ黙って見ていろというのは無理だった。
俺がこんなことを言うと思ってなかったのだろう。氷川は目を見開いて固まっている。
「あんたね……! 藍になんてこと言ってんの!」
机にバンッと手をついた大沢は、大きな声をあげて身を乗り出してきた。
叩かれる、そう覚悟しながらも俺は動かないでいると────
「大沢さん、流石にやりすぎ。周りにも迷惑かけてるから」
さっきまでの氷川とは違う、冷たく響く声。
そんな声に驚いたような表情の大沢は、ピタリと動きが止まる。
周りを見ると、多くの視線がこちらへと向いていた。少し熱が入りすぎたか……。
「ご、ごめん。藍……」
「謝るのは私じゃないよ?」
「…………っ」
すぐさま氷川に対して謝る大沢。それでも声色が変わる気配はない。
「ゆ、遊介も。一旦、落ち着いとけ?」
「あぁ……。らしくなかったな」
こっちはこっちで、星野が間に入ってくる。
頭の熱が冷めてきて、冷静な思考が戻ってきた。
ちょっと、ムキになりすぎたかもな……。
二階堂や今野も、勉強の手を止めて心配そうな顔でこちらを見ていた。
「ほら、前田くんに言うことは?」
気持ちが落ち着いてきたところで、向かいのほうも話がついたみたいだ。
シュンとした顔の大沢は少し不満そうに、謝罪の言葉を口にしてきた。
「ご、ごめん……」
「いや、俺も熱くなりすぎたよ。ごめん。氷川もごめんな」
「ううん、前田くんが気にすることじゃないよ。ありがとね」
さっきまでの冷たい声色が嘘のように、綺麗な笑みを浮かべる氷川。
「大沢さんも。どうしても分からなかったらまた聞いてね?」
「うん、ごめんね。藍……」
「私も、質問しすぎちゃってた……ごめんなさい」
「今野さんまで大丈夫だって。ほら、テスト勉強しないと」
結局、氷川に空気を戻してもらっちゃったな……。
見ていて気分の良いものではなかったとしても、俺が口を挟むべきじゃなかっただろう。
挟むのであれば、もう少し上手くやるべきだった。
らしくない行動をしておいて、自分の不器用さが嫌になる。
罪悪感を噛み締めながら、再び問題集に取りかかろうとしたところで────
「やればできるんだな、遊介」
声を潜めた星野が、からかうように肘で小突いてきた。




