第12話 これは多分、やっかいなことになる
「えっと、お邪魔だったかな。前田くん」
「ん? その人、知り合いなの?」
右にあかね、左に氷川と挟まれる形で俺は今、質問攻めにあっている。
まさか、買い物中に氷川と鉢合わせるなんてな……。
俺一人だけなら良かったけど、鉢合わせた瞬間にあかねがやって来て────この、問題の状況が生まれていた。
どうして、こうもタイミングが悪いのか。
あかねの様子を伺いながら、氷川はこっそりと俺に話しかけてくる。
「そっちの人は彼女さん?」
「なっ、違う違う! そんなんじゃなくて、こいつは────」
「ねえ、その人誰なの? まさか……彼女!?」
こっちもこっちで、何故か声を潜めてはしゃいでいる。
なんで、二人ともそういう反応になるんだか……。
「あ~もう、あかね。面倒くさいからあっち行ってろ」
「めっちゃ、綺麗な顔……。あたし、前田あかねって言います!」
って、聞いてないし……。
あかねは氷川の顔をまじまじと見つめながら、聞いてもない自己紹介を始めていた。
なんだかこれは、面倒くさいことになりそうな予感がする。
「前田……」
氷川も氷川で、じっくりあかねを観察するように見ている。
「ってことは、もしかして妹さん……?」
「姉ですっ!」
「おい、嘘つくな」
一番知られたくないやつに氷川のことを知られてしまったな、と俺は心の中で深くため息をついた。
「前田くんに妹がいたなんてね~。すっごい可愛いし!」
「えへへっ。あたしも、お兄にこんな綺麗な女の人の友達がいたなんてビックリです……!」
お互いの買い物を終わらせた俺たちは、フードコートで少し話すことになった。
私服の氷川を見るのは初めてだし、なんとも不思議な感覚だ。
完全プライベートだからか、いつもよりも更に落ち着いた雰囲気というか……。
黒一色のラフな格好で、正直なところ、氷川でもこんな服を着るんだなって驚いた。それくらいシンプルな服装だ。
それよりもあかねさん、俺への態度と違いすぎませんかね……。
「お兄と藍さん、ホントに付き合ってないんですか?」
「付き合ってないよ。今のところはね?」
氷川も氷川で、何故ちょっと思わせ振りなこと言ってんだか。そこはしっかり否定してほしい。
「はぁ……しつこいぞ、あかね。友達だって何度も言ってるだろ」
「まっ、お兄が藍さんみたいな綺麗な人と付き合えるわけないか」
「おいっ!」
「あははっ。前田くんって、普段はこんな感じなんだ」
俺とあかねの言い争いが、そんなに面白いのだろうか。
大笑いしながらそう言われると、恥ずかしくなってしまう。けど、こんなに笑う氷川もなかなかレアだ。
「俺だってエネルギーは使いたくないけど、こいつがこんなんだからな……」
「こいつって何さ?」
ギロリと鋭い目付きで、俺を睨んでくるあかね。
氷川を見ていたときのキラキラした瞳はどこへやら……。
「藍さん、お兄が変なことしたら容赦なくぶん殴っていいですからね?」
「ふふっ。じゃあ、もしものときは本気でいかせてもらうよ」
「おいおい、怖いこと言うなって……」
あかねのノリに氷川が乗っかるもんだから、俺は苦笑を浮かべる。
もうすっかり意気投合してるな……。
「っていうか、こんなに綺麗な人と仲良いんなら言ってよ!」
「なんで俺の交友関係を、いちいちお前に伝えなきゃいけないんだ」
仮に伝えたら伝えたで、絶対に興味無いとか言ってただろ、お前……。
「もっと、早く会いたかったなぁ。藍さんも買い物だったんですか?」
「うん、冷蔵庫に何も無かったから。今日のご飯も決めてなかったし」
「もしかして、自分でご飯作ってたり……?」
「簡単なものだけどね。私しか食べないし」
そういえば前に、ご飯は自分で作ってるって言ってたな。
それに氷川しか食べないって、親はどうしているのだろうか。
「毎食、自分で作るなんて大変ですね。あたしには絶対に無理だ……」
「慣れてきたらそんなことないよ」
「でもでも、面倒くさいな~って思うときありません?」
「まぁ、無いって言ったら嘘になるね」
そんな会話の途中で、スマホの通知が鳴ったことに気づくと俺は手に取って確認する。
そこには────『夕方までには帰ってきてよ?』と、母さんからのメッセージが表示されていた。
右上に表示された時間を見たら、話し始めてから三十分が経とうとしてるところだ。
「おい、あかね。そろそろ帰らないと。母さんが待ってる」
「え~もう? もっと藍さんと話したいのに」
「お前と違って、氷川も忙しいんだぞ」
「むぅぅぅっ」
ふてくされたように頬を膨らませてくるあかね。俺にそんな顔を向けられてもな……。
「そうだ! それなら藍さん、夜ご飯食べに来ませんか?」
「ちょっ、お前な。勝手にそういうこと言うなって」
何を思ったのか、あかねがとんでもないことを言い出した。
氷川を家に呼ぶって正気かよ……。俺が家に呼んだことあるのなんて、星野と二階堂だけなんだぞ。
「そうだね。流石にいきなりは、お家の人も迷惑だろうし……」
言葉を選んで断る氷川の気遣いが、俺の心に染みる。
「お母さんなら、絶対喜んでくれますよ! お兄、今まで女の人を家に連れて来たことないから」
「余計なこと言うな」
「うるさい、お兄は黙ってて!」
もはや何度目か分からない、俺とあかねの睨み合い。
流石にここは引くわけにいかず、最悪の場合は強引にでも連れて帰ろうと頭の中で考える。
「さすがに諦め悪いぞ」
「お兄には関係ない」
「まぁまぁ。だったら、少しだけお邪魔しようかな? 迷惑そうだったらすぐ帰るから。前田くんもそれでいいでしょ?」
本気なのを感じたのか、氷川が折れるような形で俺たちの間に割って入ってきた。
こうなったら、俺が断るのも変な話なわけで……。
「……氷川がそれでいいなら」
「ホントですか!? やったー!」
結局、あかねの思い通りの展開になってしまった。
「悪いな、氷川。あかねに付き合わせて」
「いやいや、むしろ私のほうこそ」
────思いがけず三人になった帰り道。
氷川が荷物を持つのを手伝ってくれたことで、あかねも無事に荷物を持ってくれた。




