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ーーとはなりませんでした。
「セルフィナ。また次に会いたい」
今、目の前にいるのは、前回、私には何の興味も持たず、いつもタチアナの味方ばかりしていた第三王子ポール様だ。
とある貴族のお茶会に、サイアス様と二人で参加していたところ、うっかり出くわしてしまった。そして何がどうなったのか分からないけれど、ポール王子は私の側から離れない。
「申し訳なく存じますが、私には既に婚約者がおりますので……」
「そんな、つれないことを言わないでくれ」
私の手を取ろうと腕を伸ばしてきたところを、こめかみを引き攣らせたサイアス様が制した。
「ポール王子。彼女は私の婚約者です。誤解を招くような行動は謹んでいただきたい」
するとポール王子は不快げに眉をひそめ、こう言い放った。
「貴様、無礼だな。私は王族だぞ。立場を弁えよ」
「……」
サイアス様が黙ったままにこりと微笑んだ。けれど、こめかみにちょっと青筋を浮かべている。
王位継承権が遠い妾腹の第三王子と、次期国王と目される第一王子の後ろ盾であり魔法省の実権を握る名門の嫡男。
名実ともに国内における権勢はサイアス様の方が上だ。
でも、王子にはそれが理解できない。王の血に連なる者はそれだけで、他の誰よりも尊ばれるべき存在だと信じている。
王家も、妾腹であっても王子として箔をつけてやろうと苦慮し、素行を改めるようたしなめていたけれど、それも顧みない。
ーーちなみに前回の父も、ポール王子のそんな気質を感じ取っていたので、王家から婚約の打診があった時、すごく抵抗はしてくれた。それでも王家の方々が「どうしても」と頭を下げてきたから、婚約を了承せざるを得なかったのだった。
だからせめて、
「我が娘の尊厳を守るように」
と条件をつけてくれたけれど、それは微塵も守られなかった挙句、王子の恋人のタチアナに目の敵にされ、豚にされたのだ。ひどい。
今だって、きっと彼は他人のものだから私に興味を持ったのだ。迷惑極まりない。ーーと思っていると。
「ポール様」
背後から声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、私の全身が、天敵の存在を察知して危険を知らせてくる。
(タチアナ……!)
恐る恐る振り向くと、彼女はものすごい形相で私を睨みつけていた。この世の憎悪という憎悪を押し込めたような昏い瞳だ。
(ああ……)
また、出会ってしまった。
心臓がばくばくと鳴る。
目眩がして、ふらっとよろめくとサイアス様が受け止めてくださった。
「大丈夫か?」
「少し眩暈が……」
額を押さえ、俯く。なんだか呼吸も苦しくなって来た。そんな私を、サイアス様は痛ましげな瞳で見つめ、
「そうか。変なのに絡まれて疲れたのだろう。少し休もう」
と言って、私をこの危険地帯から連れ出してくださったのだった。
⭐︎
休憩室のソファに横になって休んでいる私の傍には、心配そうな顔で付き添ってくださっているサイアス様の姿がある。
少し落ち着いてきた私がゆっくりと起き上がると、
「大丈夫か?」
と気遣わしげに声をかけてくださった。
「何か、恐ろしいものでも見たかのような顔をしていたが」
実際、お化けなんか目じゃないほど怖いものに遭遇したのだけれど、それを言ってもサイアス様には伝わらないだろう。この世界のタチアナと私はこれが初対面で、さして会話も交わしていないのだから。
「サイアス様は呪いに造詣が深いですか?」
尋ねると、サイアス様は何か考えるように顎に手を当てた。
「呪いか……。呪いと言っても色々あるからな。ーーどんな呪いだ?」
「ぶ……」
「ぶ……!?」
私が発した一音に、サイアス様はちょっと身構えた。でも、すぐに首を軽く振って、
「いや、続けてくれ。君の質問には何でも答えたい」
と、もう一度、私に言葉を促してくれた。そんなサイアス様の真摯な眼差しに勇気を得た私は、思いきって切り出した。
「豚になる呪いなんですけど……」
「豚か」
ーーサイアス様がすごく微妙な表情になった。でも、決して馬鹿にした様子はなく、真面目な顔で「一つ、尋ねていいか?」と前置いた後、こう尋ねて来た。
「君は食べ物としての豚肉は苦手だが、生物としての豚は嫌いじゃない、でいいだろうか?」
私は可愛らしい子豚さんの姿を思い浮かべて、両手を組んだ。
「豚を見ると愛しくて、なんだか仲間意識のようなものが芽生えるのです」
私の中で、私の前世は人ではなく豚だったかも、という疑念は完全には晴れていない。もし私が豚だったのなら、この世の全ての豚さんはかつての同胞。仲間意識が沸くのは仕方のないことだ。
私がうっとりしていると、サイアス様は何故かちょっと不満そうな表情で、ずいっと乗り出して来た。
「君は……」
真剣な瞳が、真っ直ぐに私を貫く。
「俺と豚、どっちが好きなんだ?」
「……!」
なんという答えづらい二者択一!
ここでは「サイアス様」と答えるのが正解だろうと思う。だけどーー自分の心に嘘はつけなかった。
「……選べませんわ。どちらも私にとって、とても大切なのです」
サイアス様も同胞も、かけがえのない存在なのだ。
「こんな、豚とあなたの間で揺れ動く私を、嫌いになりますか……?」
どちらも選べない私は、とんだ悪女だ。嫌われても仕方ないと覚悟はしている。けれどーー。
「嫌いになど、なるものか」
サイアス様が私の頰を手のひらで包み、額にそっとキスをした。
「君の博愛の精神を尊重したく思う。それに、何も心配することはない。君が豚になる呪いを受けることなど、あり得ない」
サイアス様が力強くそう言ってくださったので、私はほっと一安心したのだった。




