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その出会いから程なくして、私とサイアス様との婚約の話が持ち上がった。
父が随分とサイアス様を気に入ったらしい。曰く、
「お前の挙動不審な様子に、落ち着いて対応できていた。あの男は大物になる」
とのことだ。お目が高い。
「年も近いし、容姿も良いし、将来有望だ。お前が嫌でなければ、話を持って行こうと思う」
その提案を聞いた時、私の頭には、
(あれ?)
と疑問符が浮かんだ。
以前、私はポール王子の婚約者だったけれど、今回は、何だか流れが違う。サイアス様との婚約話なんて、前回は持ち上がらなかった。
ただ、これだけは分かる。
このサイアス様との婚約を受け入れなければ、そのうち、前回と同じく王家からポール王子との婚約の打診が来るだろう。王家からの必死の頼みこみは、断れない。
けれど王家も、既に婚約者のいる人間にわざわざ声をかけたりはしない。そう、私に相手がいれば、候補から除外されるのだ。
ならば私の選択は、ただ一つ。
「サイアス様がよろしければ、ぜひ、そのお話を進めていただきたいですわ」
ただ、私は初対面で随分な醜態を晒してしまっている。
お父様が気に入ったとしても、相手がどう感じたかは分からない。
ーー変な娘だと断られないといいのだけれど。
⭐︎
そんな私の不安をよそに、婚約はとんとん拍子に進んだ。
「私で良ければ、喜んで」
そう応じてくださったサイアス様は穏やかな方で優しかった。婚約が成立すると、忙しい中でも頻繁に会いに来てくださる。
以前とは違う流れでほっと胸を撫で下ろすと同時に、今更ながら、恐ろしいことに気がついてしまった。
自分はずっと、前世の自分は、呪いにより豚に変えられた人間だと信じていた。
けれど、それがただの思い込みだったら?
私の前世は、ただの豚だった可能性があるのでは?
(私が、豚……)
豚であった事実を受け入れられずに、人間であった記憶を捏造しただけなのでは? と。
それはそれで衝撃の事実だ。
そんな考えに囚われると、なんだかご飯も喉を通らない。窓から外を眺めては、はぁとため息をつく日が続いていた。
そんな折、ふとサイアス様が訪ねてきた。
「セルフィナ」
手を伸ばし、私の頰に触れてくる。
「最近ふさぎ込んでいると聞いた」
最近サイアス様は、砕けた話し方で接してくるようになった。
「君を悩ませる物事があれば教えてほしい。二人で共に解決していきたいんだ」
「サイアス様……」
思いやりのある婚約者の言葉に、じんとなる。ああ、初めて知るこの思い。婚約者ってこんなに優しくて温かい存在なんだ。
そんな感動を胸に、私は切り出した。
「サイアス様は、ぶ……」
「……!」
サイアス様は、ぶ、という言葉を聞くと、ちょっとビクッとした。なんだか申し訳ない気がして、ちょっと話を変えてみた。
「いえ、牛料理はお好きですか?」
「……君は?」
まさかの質問返しである。どうもサイアス様は、私の反応を窺って会話を進める節がある。
「私はーー好きです」
「奇遇だな。私も好きだ」
サイアス様は安心したように微笑んで答えた。そんな優しい雰囲気に力を得た私は、思い切ってもう一歩踏み込んでみた。
「もし、もしですよ?」
「な、何だろうか」
物理的にも踏み込んだので、サイアス様はちょっとのけぞり気味だ。
「私の前世が豚だったとしても、サイアス様は私と結婚してくださいますか?」
「……」
サイアス様は、頭が痛いというように額を押さえた。けれど私の様子を見ながら、慎重に言葉を選んで、こう答えた。
「君の前世が豚だとは思えないが、もし豚だったとしても、君への想いは変わりない」
そして私の手を取り、その甲に唇を落とした。
「君は私の婚約者であり、未来の妻だ。君を生涯、愛し続けるよ」
そして、柔らかい微笑みを浮かべた。
そこに至って、私はふと、その可能性に思い至った。
(もう、王子の婚約者ではない私は、タチアナと何の接点もないのでは?)
タチアナと遭遇しない=豚にならない。
なんて素晴らしい方程式だろう。
(もう、怖いことなんて起こらない……!)
そう、私はあの二人のことは忘れ、サイアス様と共に生きていく。
完
⭐︎続きます⭐︎




