5章の22
「千景!」
晴道は跪き、更紗の腕に抱かれた少女へ縋り寄った。
「……あれ? 沖田くん?」
千景は薄ぼんやりと瞼を開き、晴道の名を呼んだ。
彼女の左腕を撫でていた更紗は、手を離しながら告げた。
「時間はかかったが、完治だ。傷跡も残っていない」
ほっと嘆息する晴道。
そして、もし次の更紗の言葉がなかったら、晴道は千景を抱きしめていたに違いない。
「お前も難儀だな、晴道。優柔不断は一番いけないぞ」
ばっ、と千景へ伸ばしかけていた腕を引っ込め、勢いのまま立ち上がる。
「沖田くん?」
不思議そうに千景は首を捻った。その瞳から逃れるように、晴道は首を逸らす。
別に意識してるわけじゃ……と言うか、みんな突っ走りすぎだ!
心の中で不服申し立てを叫ぶ。しかし更に、
「そうか。沖田晴道、お前は確かに罪人だね。女の子二人へ同時にいい顔しようとしてたんだから」
一之瀬が過大解釈も甚だしい批判を投げてきた。
晴道はさすがに反論が口を突きかけた。
そこへ、
「一之瀬! 何であんたがっ!?」
一之瀬の姿を認めた千景が瞬時に覚醒した。
「やっほい、千景ちゃん。俺のスカウト断ったの、考え直してくれない?」
「誰が考え直すと思ってんの! この変人! って言うか、その呼び名やめてよ!」
失神していた事など微塵も窺わせない俊敏さで立ち上がり、一之瀬を突っぱねる。
「あの時はあんたが唆したせいでセルに捕まっちゃったんだから。大体、そんな怪しい格好の奴の誘いに乗る人なんているわけないよ!」
「ひどいなぁ。二股男の沖田晴道よりはいいと思うけど?」
傷ついた風もなく一之瀬は言い返す。
しかしその言葉は晴道にとって、血球振動よりタチの悪い爆弾である。
「は? 二股?」
怒りの中に、怪訝に眉をひそめる千景。
「いや……千景。これは一之瀬の言い逃れだから……ええと」
慣れない展開に、晴道は無様なくらいに慌てる。千景がよく理解できないのも当然だ。
千景は問い返したげに晴道を向きかけた。が、
「八ツ坂……珠希っ」
ぎっ、と顔を歪め、その名を吐き捨てた。それに珠希が反応したのは明らかだった。
二人は同時、戦闘態勢を取るように正対した。
「はーい、そこまでそこまで」
呑気に二人の間に割って入る一之瀬。
「一之瀬! あんたどこまで邪魔する気なの!」
「落ちついてね、千景ちゃん。キミの行動はもう彼に止められちゃったでしょ?」
「っ!」
千景は勢いよく晴道を向いた。
「沖田くん……罪って」
震える瞳で晴道を見つめながら、問う。
聞こえていたんだな。晴道は千景を見つめ返し、固く頷いた。
「……っ……」
千景は唇を噛み、俯く。彼女自身、晴道の言葉、そして発現抑制の意図を察しているのだろう。異論を喚くことなく、まるで葛藤と戦うに無言に落ちる。
「休戦だよ」
一之瀬が諭すように言った。
「沖田晴道、異論は無いね。それから八ツ坂。三小田に四堂も」
彼の催告には逆らえないのか、はたまた真に同意を覚えたのか、公安の三人は首肯した。
晴道も、頷いた。
「でも」
「私は認めないから!」
晴道の言葉を遮って、千景が叫んだ。
「自分の正義のために仲間を傷つけるなんて、私は許せない! 敵に対しても殺して終わりでしょ? オルタの意見なんて、何があっても絶対に認めないから!」
「その割には、見境なく血球振動を発現させていたように感じましたが」
珠希がとげとげしく反発する。
指摘は事実だ。千景は「うっ」と言葉を詰まらせ、引き下がった。
「……さっきは自分でもやりすぎたってわかってるよ。でも、オルタのやり方はやっぱり……」
「ああ。間違ってる」
そうつなげた晴道。
この場にいる全員の視線が、晴道を向いた。
「断罪が最善の解決法。その結論の理由はわかる。でも、あんたたちの行動は一方的過ぎる。正義を押しつけて、それに反発した時点で処刑。その短絡さにはどうしても納得がいかないんだ」
もっと別な解決法があるんじゃないか。そんな風に、晴道は思い続けていた。
「そうだよ!」
千景はぱっと顔を明るくし、晴道に歩み寄った。
「オルタが変わらないなら私たちが止めればいいんだよ。沖田くんの突然変異はきっとこのためにあるんだよ!」
と、凛々しい笑みで主張する。
「俺の……突然変異?」
ふと自分の右手を見る。そこには金色の装飾が施された銃。
そうか。これがあれば、俺は自分の意思を突然変異に載せることができる。
晴道は視線を上げた。
「俺は――――俺たちは死を全力で抑制する。この意思を認めてくれない奴はみんな敵だ。でも、俺たちはあんたたちと違って敵を〝殺さない〟」
ちゃき。晴道は銃を両手に握った。
断罪銃。断罪という名を持つ銃。一発装填の弾倉は、いまだカラのままだ。
「俺たちは俺たちの正義を貫く。その手段として発現抑制と血球振動を使う。俺たちの突然変異の価値は、抑える意思の下で発揮させる」
そして口をつぐみ、皆の反応を待った。
しばしの静寂を破ったのは一之瀬の呟きだった。




