5章の14
珠希が唖然と佇む中、千景は左手で己の右肩を掴んだ。
ぐち、と粘質な音が立った。
「忘れたの? 私たちの身体は血で溢れてるんだよ!」
びっ、と左腕を振るう。
深紅に濡れた指先から血液が放たれた。
「――!」
珠希が目を見開いた刹那、一直線に突き進んだ血液が彼女の目前で爆発した。
爆風に煽られ、珠希は転倒する。そこへすぐさま、次なる深紅の爆弾が放たれる。
「ぅあっ!」
珠希の身体が跳ねた。千切れた芝生と共に空を舞い、地面に打ち付けられる。その衝撃で彼女の手から障害銃が離れかける。
一度は宙に浮いた障害銃を、珠希は必死に掴み戻した。
そして即座に身を起こし、引き金を引く――――引きかけて止まった。
「……傷ができてしまう」
ぽそりと呟かれたその言葉が、珠希の躊躇の理由だった。
晴道は察した。傷ができれば、血が出る。それはつまり、千景に爆弾の供給源を与えるのと同じことだ。
珠希は歯がみすると、走り出した。
その背を放たれた血液が追いかける。
「更紗さん! ミラさん! 逃げてください!」
珠希は前庭の奥に向かって叫んだ。
振り向いた二人。ミラの仕留めた最後のリコンビナントが、砂と化して崩れ去った所だった。
「は? こっちは片付いて……」
爆風に背を煽られ、珠希は転倒した。
「珠希!?」
更紗が突如飛び込んできた珠希に吃驚する。
珠希はふらつきながら身を起こし、背後を振り返った。
「萩原千景……!」
ぎっと睨みつける先には、その名の少女が次弾に構えようと、右肩の傷をえぐっていた。
「自分の血液を……」
更紗が唖然と呟いた。
「何だよ、止めりゃぁいいんだろ。オレ様に――」
その言葉に被さるように爆発が生じた。踏み出されかけていたミラの足が、一瞬で方向を違えた。
「ぎぁっ!」
彼女はバランスを失って転倒した。
「ミラさん!」
「ぅあああっ、ぁあっ……っ!」
激痛に呻き、のたうつミラ。爆破の衝撃で足を骨折か、もしくは捻挫したのか。彼女の動きは封じられたも同然だった。
「千景……」
晴道はその光景を見ながら、同志の少女の名を呟いた。
彼女はすぐにこちらを振り向いた。
その瞳に、晴道は戦慄にも似た感覚を覚えた。
「――――ち、千景っ!」
「守るよ、沖田くん」
千景は微笑んだ。
「……」
身体が硬直した。
思いを貫く意思が、己の正義を貫く意思が、萩原千景の瞳に炎を灯す。
あんなにも暗い炎を。
千景は肩をえぐった左手を見た。血液に濡れ、生々しい照りが浮かんでいる。
「……足りない」
ぽそっ、と呟いた。
それを聞き逃さなかったのは、更紗。
立ち尽くした珠希を突き飛ばし、倒れたミラを越え、前方へと突き進んだ。
伸ばした右手の延長線上には千景が居る。細胞時間加速を発現させようという意図は明らかだった。
しかし千景もまた、更紗の行動に気づいていた。




