5章の13
瞳に認めるは、黒服の少女。彼女の右手には鈍色に光る銃が一丁。
障害銃は細胞傷害の照準器。つまり、突然変異で作り出した物質を当てるための道具にすぎない。
活路は急激に展開した。
と、そこへ
「あっ」
小さくこぼれたのは、千景の声。
彼女は肩に掛けた鞄を探っていた。怒りで紅潮していた頬が急激に血の気を引く。
もしかして。
「残弾が尽きましたか」
びくっ、と千景が身じろぎする。
爆風が静まり、芝生のたなびきも収束した。静止した深緑を黒いパンプスが踏みしめる。
千景は若干身を引きながら、その靴の主を睨みつけた。鞄から引き抜いた手には、やはり何も握られていない。
血液チューブが底をついたのは明白だった。
悔しげに唇を噛みしめながら、千景は肩の鞄を放り投げた。丸腰になるも、彼女から白旗を上げる様子は無い。一定の間合いを保つように、珠希の前進に伴ってじりじり後退する。
「……」
「図星ですね」
珠希はと言うと、勝ち誇った顔を浮かべるでもなく、淡々と指摘を続けていた。
「あなたの突然変異・血球振動は、血液と言う物質が無ければ無意味に等しい。既存の物質に対して作用する突然変異は、常に残量を意識していなければいけません。手練の工作員ならば当然のことでしょうが、あなたのような素人には決定的な穴となったようですね」
ぎりっ、と千景の奥歯がこすれる音が聞こえてくるようだった。
珠希は障害銃を擡げた。銃口が、まっすぐ千景に突きつけられる。
「萩原千景。あなたは罪人です。よって、断罪執行者である私が遺伝情報レベルであなたを消し去ります。その前に、その身体を拘束させていただきます」
あくまで冷静に宣告する珠希。断罪銃が奪われている事に関しては、さしたる動揺も覚えていないようだ。
つまり、すぐに取り返せると思っているんだ。何と言っても相手は役立たずの罪人・沖田晴道なんだから。
しかし晴道は、その自嘲気味の解釈を自ら撥ねつけた。
俺は手段を手に入れた。
「……いつまでも役立たずでいられるかよ」
ひそめた呟きは、自分でも驚くほどに自信にあふれていた。
晴道は断罪銃をゆっくりと擡げた。両手で包み込み、目の高さまで持ち上げる。
ロックオンした標的は、無論。
「両手足を撃ち抜きます。痛むでしょうが、虐げではないことは理解してください」
言いつつ、珠希の人差し指に力が入る。
今だ。
晴道は彼女と同時に引き金を引こうとした。
「――――ハ」
ぴく、と珠希の表情が揺れる。
不可解な声を漏らしたのは、もはや抗う術も無い千景だった。彼女は俯き、身体を小刻みに震わせている。
影の落ちた顔に浮かぶ表情は窺えなかった。
笑ってる……のか?
晴道は引き金を引きそびれたまま、千景の奇妙な行動に言い知れぬ不穏を覚えた。
「何が……おかしいのです」
珠希も怪訝な顔で詰問した。
「紛うことなき敗者のあなたが、なぜ笑うのですか!」
瞬間、千景は顔を跳ね上げた。
双眸が露わになると同時、珠希が息を呑む。
千景の瞳は、いまだ意思の炎を失ってはいなかった。
勝負はまだ、ついていない。
晴道がそう察した、瞬間。
「血球振動は無敵だよ!」
哄笑交じりの喚声が、夏空に高く響き渡った。




