5章の12
「!」
その手は千景のものだった。いつの間にか千景は晴道の横に立っていた。
彼女の瞳は、強烈な感情の炎を灯していた。
見つめる先は、断罪銃。晴道が不意に手にした金色の銃。
「それこそが罪だよ!」
がっ、と千景は晴道の腕を擡げさせた。
晴道は言葉が出なかった。しかし薄れ始めた土煙の向こう、千景が導いた断罪銃の銃口の先を見、全てを察した。
珠希。
黒服の少女はこちらを向き、じっと佇んでいた。
漆黒の瞳に宿る感情は見通せない。激情に震える千景と対照的に、どこまでも静かな雰囲気で立っている。
ふわりと風が吹く。
珠希の黒髪が揺れると共に、周囲に残存していた土煙が運び去られた。
青空の広がる、夏の風景。
ひと時落ちた無言を、千景が千々に破く。
「八ツ坂珠希。私はあんたを許せない」
引き金に、強引に指が重ねられる。
殺さない。そう決めた千景の意思は、憤りの彼方に吹き飛ばされていた。
「ちかげ」
「断罪を下されるべきは、あんたよ」
人差し指に抗いようの無い圧力が掛った。
引き金が然るべき場所へと向かう。
ダメだ! 千景!
遅すぎる叫びが晴道の内側で弾けた。
かしん
「……え?」
銃声とは似ても似つかない、軽い音だった。
晴道も、そして千景も言葉を無くし、金色の銃を見つめた。
引き金はいっぱいに引き絞られていた。しかし銃は、何の反応も返さなかった。
この現象が示す事態はただ一つ。
「断罪銃は原則、一発装填」
静かな声音が事実を告げる。
「死刑のための銃です。連射すべきではない……その意図で、弾倉には一発しか入っていません。その一発も、先程射出されました」
「っ!」
千景が顔を上げる。
その憎しみに歪んだ顔を、珠希は平然と受け流した。
「つまりあなたは、カラの銃を撃とうとしていたのです」
ばっ、と千景は断罪銃から手を離した。自由になった手に血液チューブを握りしめる。
「じゃあ何! 私には押し付けの正義を裁く資格もないってこと!?」
喚くと同時、チューブを投げつける。珠希はすかさず腰に手を回し、障害銃を抜いた。
反射としか思えない速度で引き金を引く。
「っく!」
千景は呻いた。細胞傷害物質の銃弾が掠めた右肩から血しぶきが上がる。それでコントロールが狂ったのだろう。血液は珠希からずれた所で爆発した。
珠希の身体が猛烈な爆風に煽られる。
「消滅すべきはあんたの意思だよ!」
千景は負傷を意にも留めず、珠希に向かって駆け出した。
「変異種が罪とかどうこう言う前に、勝手すぎるあんたの意思こそが消えるべきだよ!」
爆弾を放つ。
明らかな殺意がそこにあった。
『殺そうなんていうつもりはないよ。本物の罪人になっちゃう』
笑いながら言った、昨晩の彼女。
憎悪が全てを塗り替えていた。
「千景、落ちつけ!」
「私が裁く! 裁いてやる!」
喚きながら、千景は血球振動を炸裂させる。
冷静なコントロールなど、とうに失われてしまっている。爆破の命中率が低下したからいいものの、その分威力の制御が崩壊している。
このままじゃ、珠希は死ぬ。
「殺しちゃダメだ」
爆音。
「千景、やめろ!」
爆音。
「――っ殺すなぁあああっ!」
爆音が晴道の叫びをかき消した。
絶叫による喉のひりつきだけが、むなしく残る。
「……かはっ……」
軽くせき込み、うなだれる。
やめろ……
「千景……珠希」
何か……何とかできないのか。
今あるのは、空っぽの銃が一丁だけ。それ以外は制御の利かない突然変異しかない。発現させれば、再開した背後のリコンビナントとの戦闘も妨害してしまう……さっきのように。
使えないモノしかないじゃないか。
くそっ。せめて弾でもあれば。
銃に込められる銃弾でもあれば。
「――!」
ばっ、と晴道は顔を上げた。




