5章の7
眼鏡の奥の瞳は細かく震えている。
「この展開は何だ……。なぜ断たれるべき悪がここまで正義を追い詰める」
晴道、珠希、そして千景は同時に更紗の視線を辿った。
前庭の見通しを阻んでいた土煙は、とうに収束していた。そしてミラの姿も消えている。
代わりにそこには、いつのまにか人だかりができていた。
――否、ヒトではない。
「リコンビナントがぁっ!」
罵声と共に、一体のヒト型生命体の身体が弾け飛んだ。
ゴギっ。嫌な音を立て、リコンビナントが頭から着地する。そして一呼吸の後に、砂を崩すように輪郭から崩れ去る。
可視域へと舞い戻った少女が姿を露わにする。蹴りを放った体勢のままだ。
滞空したまま足をぐるりと回転させ、別のリコンビナントに後ろ蹴りを食らわす。革靴の踵がリコンビナントの鼻先にめり込みバキリと骨を砕いた。
人を模した生物は潰れた笑顔のまま傾倒し、そして消滅した。
続けざまに二体、人工生命体を葬った少女はようやく足を地に付けた。頬には、リコンビナントの爪がつけたと思われる三本の裂傷。その上を汗が伝う。
「ミラ! リコンビナントはいなくなったと言ったじゃないか!」
「オレ様が見た時はいなかったんだよ! いきなり湧いてきやがった。くそっ!」
「お前は仕事が大雑把すぎるんだ! 地下も調べたのか!?」
「げっ、地下とかあったのかよ!」
更紗は頭を抱えてため息をついた。
そして直後、ばっと顔を上げると、
「珠希! ここは任せたぞ!」
返事を待たないまま、更紗は走り出した。
「更紗さん!?」
「ミラ一人が相手にできる数ではない。いいか、お前は自分の仕事をするんだ。リコンビナントも罪人も、この島から出すわけにはいかない!」
一歩出かけた珠希を制し、更紗はこちらに向かってくる。
素通りされると思ったが、すれ違う瞬間、晴道はいきなり彼女に腕を引っ張られた。
「えっ?」
「そこにいたら流れ弾を食らうぞ!」
手を焼かすな、という顔で、更紗は晴道をせかした。
「流れ弾っ……」
直後、響いた銃声に身をすくめる。
更紗に引きずられながら、晴道は遠ざかっていく光景に目を見開いた。
「珠希っ、千景っ!」
晴道の呼んだ二人の少女は、既に戦場の中にいた。
「萩原千景。オルタの名の下にも……ここは絶対に突破させません」
じゃきっ、と障害銃の銃口が千景を睨む。
銃声と爆音が続けざまに鳴り響く。連射される細胞傷害物質を、千景は細かい爆破で四散させた。
「それなら私は、戦うよ」
身を低く構えた千景の手には、すでに新たな血液チューブがあった。
戦う。その単語は、遠ざかりつつある晴道の耳にも明瞭に響いた。
「千景っ……!」
「自分の正義を貫くために戦う!」
殺さないでくれ。
誰も殺さないでくれ。
「そんな浅はかな正義など、断たれて然るべきです!」
対峙した二人の少女の間で交錯する想いは、全てが否定に彩られている。
再び銃声が炸裂した。




