5章の3
「よぉ、散歩か?」
からかうような声が背に掛った。
「ミラ」
「っと、動くなよ。首の骨がぼっきりいくぜ」
「っ」
脅しに晴道が息を呑んだ、その時。
視界の端に深紅が躍る。
――血液。
直後、背後で爆音が鳴り響いた。
猛烈な爆風が晴道の身体を前へと突き飛ばす。
「っつ!」
どさっ、と芝生へ突っ伏す。痛みをこらえ、すぐさま後ろを振り返った。
少し離れた所に、銀灰色の髪がふわりと舞う。
「ってぇ……やりやがったなオイ!」
ミラは晴道ではない方向に向かって吠えていた。爆撃を受けたのか、右肩を押さえていた。
「後ろから襲うなんて卑怯だよ。さすがオルタ」
千景はさらりと非難すると、擡げていた右腕をすとんと下ろした。
「つーか誰だてめぇ、リコンビナントか! 晴道オマエ、やっぱりセルと組んだんだな!?」
顔だけこっちに向けて喚くミラ。その憤怒の形相は、昨日の勝気な笑みなどカケラも残していなかった。
完全に敵だと認識された。
いや、これでいい。
俺はもう、彼女らにとって敵でしかないんだから。
と、
「いや、人間――変異種だ」
晴道は声の方向へ振り返った。
深緑の樹々を背景に、残りの二人の姿があった。黒服の少女と、白衣の女性。じっとこちらを見据えながら、二人はゆっくりと歩み来る。
「変異種だって!?」
晴道の背後で吃驚するミラ。
歩みを止めないまま、更紗は首肯した。
「油断するな。彼女――萩原千景の突然変異は、ライブラリの中でも突出して危険であると示されている。何故ここに……そうか、セルの勧誘を受けたのか」
厳しい顔つきだ。更紗は千景の変異をとうに知っている言葉でミラを窘めた。
それに眉をひそめたのは千景本人だった。
「何で私の名前、知ってるの……」
こぼれた疑問が耳に届いたのだろう、更紗は不敵に唇を笑ませた。
不意に彼女が立ち止まる。
不可解なほどの距離が、自分たちの間に生じた。
「血球振動……一之瀬に渡された細胞サンプルの主はお前か」
更紗の声音は、若干震えていたように感じた。
はっ、と晴道は察した。
これは意図的に取られた間合いだ。
更紗は千景の変異を知っている。知った上で、その特徴や危険性を理解している。
オルタの科学捜査員が怖れるほどの突然変異。晴道の首筋に戦慄が走る。
しかし当の本人は「一之瀬!? あいつが言いふらしてんの!?」と全く違う点に注目して喚いていた。
「更紗さん。彼女は……」
眉をひそめる珠希。
「萩原千景。オルタのトップである一之瀬が、引き込みの直談判に赴くほどの能力を持つ変異種だ」
「それは分かりました。……〝彼女はセルですか?〟」
後半、珠希は強調した口調で問いなおした。
それに食いかかったのは千景本人だった。
「誰がセルよ! 私はセルなんかじゃない。それから言っとくけど、オルタにもつかないからね。一之瀬の勧誘、キッパリ断ってるんだから!」
悪を否定するのならば、正義か。そう問われる前に千景は双方を突っぱねる。
ふ、と苦笑いしたのは、更紗。実に苦笑という形容が似合う表情で。
「……やはり交渉は決裂していたか。そして一之瀬が言った通り……彼女は敵ならば〝脅威〟に他ならない」
「一之瀬がどう言おうが知ったこっちゃねぇよ!」
更紗の呟きを押しのけ、罵声が響いた。
「オルタじゃねぇのなら、晴道と一緒に消すに決まってんだろ!」
瞬間、背後からミラの気配が消えた。




