4章の13
とぼとぼと歩きながら、血液庫の跡地まで戻ってくる。
「千景?」
名を呼ぶが、彼女は何の反応も返してこなかった。
どうしたんだろうか。場所はここで間違いないはずだ。
まさか、リコンビナントに襲われた!?
「千景っ! どこだ!?」
焦燥しながら地面を照らし回る。
瓦礫。瓦礫。土の地面。瓦礫。冷蔵庫。空の血液パック。血液入りのチューブ――
人の足。
「おいっ!」
彼女の姿を認めた瞬間、晴道は駆け寄った。
地面に倒れ伏した少女。ひざまずいて様子を窺うが、外傷はどこにもない。
半開きの口からは、すぅすぅと安らかな寝息が漏れている。
……寝てる。
「脅かすなよ……」
安堵と呆れのため息をつく。
千景は灯りで照らされても、瞼を開く気配すら見せなかった。完璧に寝入ってしまっている。
こんな状況でも寝られる奴なのか。
晴道はある意味感心した。いつ、リコンビナントの残党が襲ってくるとも知れない。おまけに、珠希たちが不意打ちを仕掛けてくる可能性だってあるのだ。
吹きっ晒しの空間で、おまけに地べたに横になった状態で、彼女は熟睡している。
「まぁ、いいか」
晴道は千景の横に転がる瓦礫に腰掛けた。
千景だって疲れているに決まっている。いきなりこんな所に連れてこさせられて、おまけにずっと一人でリコンビナントと戦っていたんだから。
そうだ……千景はずっと一人だったんだ。
埠頭で珠希たちに背を向けるまで、俺はずっと誰かと一緒だった。でも、千景は病棟を吹っ飛ばしてしまってから、たった一人夜まで耐えていたんだ。
怯えなかったんだろうか。怖くなかったんだろうか。
いや。そんなはずがない。
怯えたに決まっている。怖れたに決まっている。そして戸惑ったに決まっている。
彼女の〝意思〟は、きっとそれらの上にある。
全てを覚悟したその時、彼女はこの今を決意した。
そう信じている。
「……」
晴道は再び、千景の寝顔に視線を向けた。足元に置いた非常灯が、まるでランプのようにこの場を照らしている。
彼女のそばには、まるで彼女に抱かれるように、血液入りのチューブが散らばっている。
爆弾を抱きしめながら眠る。まさに戦士の休息だ。
夜風が晴道の頬を撫でる。
耳に静かな風音を感じながら、風下の闇を見つめた。
目を閉じれば、知る前の時間に戻ることができる。せめて少しの間だけでも、今日という苦しみから逃げられる。
逃げられる――いや。
逃げないと決めた。俺は千景と一緒に島を出るって決めた。握手だって交わした。
二人でセルとオルタを切り抜ける。
と、そこへ。
「ぅぅん」
足元で千景が呻いた。
はっと彼女を窺う。灯りで起こしてしまっただろうか。
しかし千景は目を閉じたまま、むにゃむにゃと何か呟いているだけだった。
寝言か? 晴道は聞き取ろうと耳を近づけてみた。
「……レバー食べたい……」
「……」
実に平和な願いだった。
嘆息し、再び身を起こす。
今は眠ってくれていてほしい。闇から目を背けていてほしい。
俺たちは明日、勝手に決められた罪の定義を辿る。
決意の下、誰かの決意に抵抗する。
その手段を持つのは俺じゃない。千景だ。俺はせいぜい、彼女に休息の時間を与えてやることしかできない。
「おやすみ、千景」
晴道は心から言った。
言葉の先で眠る少女は、それが聞こえたのだろうか。淡く微笑んでくれた気がした。




