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4章の10

 久澄の纏う白衣は、おぼろげな星明かりの中でもぼんやりと浮かび上がって見えた。

 表情こそわからなかったが、一カ月顔を突き合わせた晴道には予測できる。

 久澄はきっと微笑みながら、こちらに近づいてきた。

「何の用だ! とっくに島を出たんじゃなかったのか!?」

 晴道は後ずさりながら詰問した。

 中庭の喧騒の途中から姿をくらませていた久澄。あれから随分時間が経った。一体今まで何をしていたんだ。

 久澄は隠した風もなく答えた。

「やり残していたことがあったからね。今日終えなければチャンスはもう無さそうだったから、敢えて島に残ったんだよ」

「何だよ。何をするつもりだったんだ」

 コンクリート片を踏む足音が止まった。白衣が不意に屈み、何かを拾い上げる。

 その動作の中で、久澄は無造作に答えた。

「サンプリングだよ。細胞生検のためのね」

「俺はセルには加担してない!」

「キミじゃないよ。以前から研究を重ねてきた二つの突然変異に対するサンプリングだ」

「二つ……」

 その数に当てはまる二人が、晴道の頭をさっと駆けた。

「高柳と香田か!」

「正解だよ」

 久澄は隠す様子もなく認めた。身を起こし、手に取った何かをかちゃかちゃといじっている。

 それを続けながら、

「彼らの突然変異は、あと一歩で解析が完了する段階にあった。変異の同定から遺伝子導入のメソッド確立まで含めてね。それにはどうしてもあと一回分の細胞サンプルが必要で、僕はその回収のために残っていたんだよ」

 それなら久澄は、高柳と香田の動向を追っていたという事だろうか。

 埠頭で彼らが倒されたことも知っているのか?

「……サンプリングは、できたのか?」

 晴道は問うた。言葉に、裏の意味を込めながら。

 断罪は遂げられたのか。

 断罪とは、死体となっても罪を重ねさせないための死刑。その罪とは、死せる遺伝子資源となる事を指している。

 もしサンプリングが不可能だったとしたら、彼らは遺伝子レベルで存在を失われたことになる。つまり、

 珠希は殺した――?

 晴道の狼狽を見透かしでもしたかのように、しばし久澄は黙っていた。

 そして突然、晴道の問いを肯定した。

「ああ。ちゃんとできたよ」

 その瞬間、晴道は膝が落ちてしまいそうなくらいの安堵に襲われた。

 珠希は彼らを殺さなかった。

 誰も死ななかったんだ。誰も殺さなかったんだ。

 素直な安堵が、嘆息となって口から漏れた。

 その嘆息の意味を察したのだろうか、久澄は続けた。

「彼らは生きていたよ。オルタは彼らを見逃したんだろうか。かなり酷い容体だったけれど、高柳くんと香田くんはちゃんと生きていた」

 久澄は小さく「あっ、スイッチはここか」と独りごちる。すると突然、彼の手の中に光が灯った。拾ったのは非常灯だったようだ。

 宵の空間に初めて、人工的な灯りが生まれた。今まで暗がりの中に閉じ込められていた晴道は、まるで洞窟から陽の下に出たような眩みを覚えた。

 思わず顔を背けた。

 そこへ久澄が、平然と発した。

「だから僕が死なせたよ」

 は?

 瞬間的に理解できなかった。

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