4章の9
「千景にとって俺は、ただのお荷物だよな……」
とぼとぼと歩きつつ、地面に向かってつぶやく。彼女の無垢な言葉から逃れる口実を守るためにも、灯りになりそうなものが無いか探しながら。
辺りの闇は、加速度的に深度を増していた。
じきに、漆黒の支配が完全となるだろう。
その前に晴道は灯りを見つけて、千景の下に戻らなければならない。
「……」
陳腐なタイムリミット付きの逃亡劇の中、晴道はひたすら自責に追われていた。
発現抑制。オルタの変異種相手に戦おうというこの現状で、これほど有効な形質は無い。晴道自身、それは自覚している。
しかし、制御が全く効かないなら話にもならない。発現させれば、その場にある変異全てを抑制してしまう。
『それでもいいよ。全員変異種なんだもん、全員が丸腰になるようなものでしょ?』と千景は言った。
彼女の言葉は事実だ。――ただ、大きな穴があった。
八ツ坂珠希は銃を二丁持っている。
一つは障害銃。彼女の突然変異・細胞傷害の照準器として使われる銃だ。こちらは発現抑制で無力化できる。
しかし……もう一つ。
断罪銃という名の金色の銃は、実弾装填式の拳銃なのだ。
断罪銃は、発現抑制の壁を破ることができる。
そして発現抑制のために己の武器をも失い、逃げまどう事しかできなくなった愚かな罪人たちを断罪に処す。
晴道は千景にオルタの三人について教えた時、最後に自身の突然変異の無力さも吐露した。
ホントに、俺はただのお荷物なんだ。
晴道は元々力の無かった歩みをついに止め、唇を噛みしめた。
そんな晴道を慰めるように、宵の風がふわりと体を撫でていく。風に煽られたコンクリートの砂がしゃらりと音を立て、風下へ運ばれる。
目を閉じれば、海岸で夕涼みでもしているみたいだ。
爆破の跡地であるこの場所。瓦礫の狭間に立ちながらも、耳に入る音は紛いモノの平和を授けてくれる。
本当に目を閉じてしまおうか。
そんな弱気が心に生まれる。
いっそ全ての現実に目を閉じて、偽りの平和に浸ってしまおうか。
いや――
「決めただろ……千景と一緒に島を出るって」
そう呟きつつ、晴道は天を仰いだ。
無数の星々が輝きを灯す夏の夜空は、何も言わずに晴道の瞳を迎え入れた。
そこへ、
「戦士の休息かい?」
背後から掛けられた声。
瞬間、頭の中に戦慄が突き抜けた。
その声の主、は。
「久澄!」
晴道は振り返った。
その名を持つ研究者は、すぐそばに立っていた。




