4章の8
その後千景は、血液をチューブに分注する作業に戻った。
彼女は血球振動を駆使し、今までリコンビナントから身を守っていたらしい。提供者の候補として病院に連れ込まれた千景に対しても、あの生物は拘束命令を適用するようだ。
「リコンビナント……もういなくなったんじゃなかったのか」
晴道は責める視線を遠くへ、具体的にはオルタの肉体派捜査員に対して向けた。
代わりに千景が答える。
「瓦礫の下からゾンビみたいに這い出てくるの」
びくっ、と座っていた瓦礫から腰が浮いてしまった。
「あ、この辺にはもういないと思うよ。そんなに驚かないでよ」
千景が苦笑いを向けてくる。
「ゾンビって例えがリアル過ぎるんだよ……」
「そう? 意外と怖がりなんだね、沖田くんって」
千景はますます笑った。
動悸が耳に響く中、晴道は千景を眺めた。灯りは一切無かったが、闇に慣れた目が何とか近場の視界を維持していた。
彼女は再び、黙々と血液をチューブに移し始めた。
「手伝おうか?」
「ううん。量も調整しないといけないから自分でやるよ」
瓦礫の上に座り、作業に没頭する彼女の横顔はまさに真剣そのものだ。晴道がぼんやり見ている間に、充填済みのチューブが着々と積み上がっていく。
千景にとって、これは紛う事なき武器だ。
「しかし……いくらなんでも多すぎるんじゃないのか?」
今やチューブはうず高い山になっていた。
千景は手を止めないまま答えた。
「だって、ここでできるだけ確保しとかないと。足りなくなったらどうしようもないよ」
「リコンビナントはもうそんなにいないと思うけど……」
「リコンビナントじゃなくて、オルタだよ」
ぴくっ、と晴道は身を揺らした。
それを捉えたのか、千景は視線だけをこちらに巡らせた。
「強いんでしょ? オルタの三人。おまけに私や沖田くんの事を罪人だってみなしてるんだから、本気で掛かってくるはずだよ。それならこっちだって、相応の準備をしておくべきだよ」
「……」
千景は初めから珠希たちを正面突破するつもりだ。晴道のように、裏からこそこそ逃げ果せようというのではなく。
それなら、千景は――
よぎった不安を拭うようなタイミングで、千景は加えた。
「もちろん、殺そうなんていうつもりは全然ないよ。そんなことしたら本物の罪人になっちゃう」
冗談めかして笑う。
晴道はほっと安堵した。つられて顔がゆるむ。
しかし千景の次の言葉が、晴道の緩い笑みを硬直させた。
「ホントは沖田くんの力を使うのが一番なんだろうけどね。突然変異を抑制する突然変異なんて、最強じゃない?」
晴道の胸に、鋭い刃がぐさりと刺さった。
千景はすでに作業に戻っていた。
皮肉でも何でもなかったのだろう、「そんな突然変異もあるなんて、すごいよねー」と呟き、なおかつ同意を求めてくる。
「沖田くん?」
「……俺、灯りが無いか探してくるよ」
「あ、ごめんね」
その『ごめん』は詫びなのか労いなのか。
絶対に後者だ。
晴道は打ちひしがれつつも、千景を残してこの場を退散した。
「……はぁぁ」
充分離れただろう、と思える所で、晴道は思いっきりため息をついた。




