3章の15
標的の後ろ姿が樹々の向こうへ消えた後、珠希はようやく断罪銃を下ろした。
そして嘆息。
「何で撃たねぇんだ?」
不服そうにミラが問う。しかし彼女は言った直後、思い出したように加えた。
「あー、そうか。そういや断罪銃はそうだったな」
納得し、そしてあからさまにため息をついた。
「あーあ、何だよあいつ、逃げやがったぜ?」
「断罪銃を向けられればお前も怯えるだろうが」
更紗の指摘に、ミラは悪びれる風も無く肩をすくめる。
更紗は続いて珠希へ問うた。
「珠希、撃つ気が無いのになぜ銃を向けた?」
その問いは責める色を全く窺わせない。興味があるから問うた、という感じだった。
珠希は首を振る。
「脅しです。深い意味はありません」
「ほぉ」
更紗は興味深そうな顔で頷く。
「でも……晴道は屈しませんでした。私の言葉にも、更紗さん、ミラさんの言葉にも。そのせいで罪人とみなされようと構わない。彼の意思はこうだと汲んでいいでしょうね」
晴道の消えた方向を見ながら呟く珠希。更紗やミラも同方向へと顔を向けた。
そのまま三人は口をつぐみ、幾ばくかの沈黙が流れた。
「でも、あいつバカか?」
静寂を破ったのはミラだ。
腰に手を当て、呆れた顔で樹々の向こうを見やる。
「自分から病院に戻ってどうすんだよ」
「誰も残ってはいないでしょうから、危険は無いと思いますが」
珠希はそう返すと、黙ったままの更紗を窺った。
「どうします? このまま捜索に向かいますか?」
しかし更紗は組んだ腕をそのまま、深刻な表情で否決した。
「そうしたい所だが、なにぶんこちらの打撃も大きい。珠希、ミラ。お前たち平気そうな顔をしているが、随分疲労しているだろう」
ぅっ、と二人は言葉を詰まらせた。図星が顔に出る。
「ペーパーだが、医者の目はごまかせないぞ。あれだけ突然変異を発現して何ともないはずがない。ひとまず休息だ」
言い、くるりと背を返す。
「あっ、待てよ!」
ミラは慌てて続いた。
「この二人はどうすんだよ!」
「当分目は覚まさないはずだ。それに目を覚ましても動けんだろう。後をどうするかは珠希の仕事だ!」
「無責任だな、おい!」
問答しながら二人は去っていった。
残された珠希は、再び振り返り、しばし晴道の消えた方向を見つめていた。
海からの風が、彼女の黒髪をさらりと揺らす。陽の落ちかけた夏の海を渡ってきた風は、早くも涼やかな宵の気配を纏っていた。
珠希はそのまま、何かを考えていた。
左手がぴくりと動く。しかし空を掻いた手は、何も掴まないまま再び下に垂れた。
そしてまたひと時、何かを考える。
二呼吸を優に超える時間が過ぎた頃、ようやく唇が開かれた。
「あなたがいくら抗おうと、私たちの存在は罪なのです……晴道」
姿を消した少年へ、珠希は細く呟いた。
そして一度も標的を仕留められなかった相棒を懐にしまうと、迷いなど微塵も感じさせない歩調で、静寂の埠頭から歩み去った。




