3章の13
銃声は鳴った。銃弾は放たれた。
「……なっ!」
珠希の腕を掴んだ晴道の手が、ばっと振り払われる。
珠希はその勢いのまま晴道を振り向いた。
「晴道! あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか!?」
晴道を睨みつけながら大声で責め立てた。
「セルの構成員に対する断罪を阻むだなんて……どういうつもりですか!」
そう、銃声は鳴った。
銃弾は放たれた。
しかし発砲の直前、晴道はとっさに珠希の腕を掴み、銃口を全く違う方向へと捻じ曲げていた。
自己死誘起物質を含んだ銃弾は目標を失い、コンクリートの地面を穿った。
珠希の怒りは明らかだった。こちらを激しく睨みつける視線には、初めて憎悪という感情が窺えた。
だが晴道は今回、全力で畏怖を抑え込んで言った。
「……やっぱり、人を殺すなんて許されない。珠希、あんたが下す断罪、例え合法であっても殺人は殺人だ。殺さずに捕えられたなら、そのまま拘束すればいい」
晴道はずっと疑問だった。
変異種は社会にとっての脅威。存在自体が罪を抱いている。更なる罪を重ねた者には、有無を言わさず死と言う罰が下る。
確かにセルは悪だ。生物兵器を作り出し、更に突然変異遺伝子を組み込んで兵器の能力を高めようとしているのだから。
しかし、それに対する罰を死と言う形で与えるのは、どこか間違っている気がする。
――――それに、引き金を引いてほしくなかった。
だって珠希、あんたのその行為は……
「珠希……俺は」
続けようとした晴道を阻んだのは、
「随分勝手言ってくれんじゃねぇか」
怒りを押し殺した声と同時、晴道は喉元に風を感じた。
「……っ!?」
手刀が、喉のすぐ直前に構えられていた。
晴道は恐怖に目を見開きながら、その手の主を見つめた。
ミラは晴道を睨み返しながら、しかしどこか嘲るような顔で言った。
「オマエ、珠希がどんな想いで断罪銃撃つのか、わかってんのか?」
「――え」
「オレ様や更紗も、本気出せば何人でも殺せるぜ? それができねぇのは、罪人は断罪執行者が殺せって命令されてるからだ」
ミラに続き、すっと歩み寄ってきたのは、更紗。彼女は冷静な声音で加えた。
「断罪銃は一丁しか作られていない。珠希の持っている物で全てだ。オルタの技術者にかかればいくつ作るのも難しくない。それなのに何故一丁だけに留められているのか、お前はわかるか?」
晴道は首を振った。
更紗は呆れたように、緩い嘆息を返した。
「断罪の対象となる変異種を徹底的に管理しておくためだ。断罪執行者が増えれば、それだけ私心が入り込む危険が高くなる。危険分子を〝むやみやたらに殺さないため〟に、オルタは執行者をこの八ツ坂珠希ただ一人に据え置いているんだ」
珠希を見やりながら説明する。
そして晴道へ手刀を構えたままのミラへ、
「ミラ、そろそろ退け。お前が殺気を露わにしては話が進めづらいだろう」
しかしミラは、肩に置かれた更紗の手をばっと振り払った。
「晴道っ、わかってんのか? 珠希は一人で全部背負ってんだよ! その決意を、ぽっと出のオマエがキレイ事で踏みにじってくれんじゃねぇ!」
罵声が晴道を真正面から殴る。
その言葉は、喉元に突きつけられた手刀よりも遥かに大きな動揺を誘った。
「ミラさん、もうやめてください」
「珠希! でもこいつはっ」
「お願いです。ミラさんは手を引いてください」
「……くそっ!」
ミラは歯がゆさを全身に滲ませ、吐き捨てた。
珠希の言葉に従い、ゆっくりと腕を引いて更紗の隣に戻る。穿つような視線だけは未だ激昂を露わにしたままだ。
感情が載るのはそれぞれの瞳だけとなり、埠頭には静寂が落ちた。
「……」
晴道は、黒服の少女を向いた。
彼女は強いまなざしのまま、晴道をじっと見つめている。
全ての〝断罪〟をただ一人、その細い体に背負っている少女。金色の装飾を纏った銃は、彼女の両手には大きすぎるほどの存在感を放っている。
それを抱き、珠希は何を思うのだろう。
すっと、珠希は一歩踏み出した。
その動作と同じくして、抱いた銃を眼の高さへと擡げた。




