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3章の5

「あの男は何だ? 何で何もしかけてこない」

 晴道も高柳を注視する。

 彼は悠然と立ち尽くしたまま、まるで何かを待つようにこちらを窺っていた。

 その時、ゆらり、と視界に漆黒が揺れた。

「彼の相手は私がします。更紗さんはそのまま、晴道を守っていてください」

 背中で発す珠希。香田に殴られた際の負傷か、左腕は力無く下に垂れていた。

「お前は大丈夫なのか」

「心配いりません。障害銃トキシスで対応します。更紗さんの形質発現は、万が一の事態のために温存しておいてください」

 そう言って、珠希は戦いの場へと前進した。

「たっ……珠希!」

 情けないと自覚しつつも、晴道は彼女の名を呼んだ。

 珠希は歩みを止めると、一瞬だけの間の後、わずかにこちらを振り返った。

「守ります。晴道」

 簡潔に一言だけを、強いまなざしと共に告げた。

 そして晴道が何も返せないうちに、珠希は右手を腰にまわした。ひらりとめくれたブレザーの内側には、銃を収めたホルスター。背腰部に着けるバックサイドタイプだ。

 珠希はそこから障害銃を引き抜いた。反射としか思えない速度で引き金を引く。

 刹那、破裂音。

 珠希は見る限り、何の前触れも無く発砲したも同然だった。

「……うそ」

 珠希が愕然とこぼす。

 スーツの男は、変わらずこちらを向いて立っていた。

 態勢もほとんど変わっていない。強いて言えば若干首を傾げているくらいだ。

「避けたのか……?」

 更紗の後ろで呟く晴道。

 高柳はうすら笑いを浮かべ、硬直している珠希を窺っていた。

「どうした、死刑執行官。撃ってこないのか?」

「っ!」

 その挑発に煽られたのか、珠希は次々と障害銃の引き金を引いた。

 が、連続発砲の後でも、高柳の足は変わらずコンクリートの地面に着いたままだった。

「! ……っそんな」

 珠希は明らかに動揺していた。

 障害銃の銃弾――細胞傷害物質は全く命中していなかった。

 は、と高柳は鼻で笑った。

「オルタもこの程度か。久澄も目測誤ったな」

 向けられた銃口に何一つ臆さないまま、珠希と、この場にはいない久澄をあざ笑った。

「どうして……障害銃が通用しないのです」

 呻く珠希。彼女が敵に答えを乞うとは思えない。独り言だったのだろう。

 しかし高柳は、それを自身へ向けられた問いと捉え、「やれやれ」とかぶりを振った。

「香田の言い分と被るのは癪だが、銃のような遠隔攻撃は一部の変異種にとっては敵でも何でもない。もっとも、俺と香田の形質を一緒にしてもらったら困るがな。俺の形質はあの女と比べ物にならないほど繊細で高尚だ」

 どこまでも傲然とした態度。自分の突然変異にどれだけの自信を持っているのか。

 高柳は動かないまま、腕を大きく広げた。不動の的と化すように。

「足で撹乱するまでも無い。発射点とタイミングを掴むことができれば、銃弾はたやすく避けられる。八ツ坂珠希、お前の突然変異で俺を倒す事は不可能だ」

 刹那、銃声が響く。

 しかしまたしても、銃弾は高柳を仕留めることができなかった。

 ぎりっ、と珠希が奥歯を噛みしめる。

「……例え劣勢だと判っていても、引くわけにはいきません」

 自身の意思を絞り出すような声に載せ、再び連続発砲へと入った。

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