3章の2
「オレ様が第二病棟を見てきた時には、どの階ももぬけの殻だったぜ。リコンビナント一匹な。今日オレ様たちが来るってわかってたから、とっくに逃げたんじゃねぇのか?」
「残っていたリコンビナントも珠希に撃たれて全滅だ。久澄もどさくさにまぎれて脱出したんだろうな」
「……彼や残りの変異種を逃してしまったのは私の責任です」
珠希が暗い声音で締める。
ミラが慌てて加えた。
「でっ、でもよ、全員見つけるのはムリだったんじゃねぇ? あいつら病棟一つ爆破して証拠隠滅しやがったしさ」
「爆破!?」
晴道の素っ頓狂な叫びが響き渡る。
「って、珠希と更紗は何で驚かないんだよ」
「今さら何だ。第一病棟から爆音と煙が上がったのはお前の病室の窓からも見えたぞ」
「私も中庭で爆発音を聞きました。爆心は更紗さんから確認済みです」
「つまり……知らなかったのは俺だけか」
一人驚いてしまったのが急に恥ずかしくなる。
ミラは続けた。
「見た所第一病棟は普通の病院っぽかったぜ? 半分崩れてたけどな。とにかく病院には誰も残ってなかったぜ」
突然変異を持つセルの構成員も、リコンビナントも消えた。つまり咲浜アイランドに残っているのは自分たち四人だけだ。
「連絡橋に時限爆弾でも仕掛けられていたら一巻の終わりだな」
ブラックジョークをかます更紗。
「! それって充分あり得るんじゃ……」
「だからのんびりしている時間も無いと言っただろう」
病室での悶着を止めたのはそのためだったらしい。
が、こののんびりした歩みに、そんな意図はどこにも反映されていない。
「橋を爆破されたら終わりじゃないか!」
「泳げばいいだろう。お前は知らないかもしれないが、海峡の波は穏やかだ」
「そう言う問題じゃないだろ! 渡ってる最中に爆破されたらどうするんだよ!」
「いちいち怖がってちゃ、こんな仕事やってらんねぇぜ!」
「……」
「晴道? 何をうなだれているのです」
この三人に平和な常識は通用しないらしい。きっと咲浜アイランドに入島する際も、一般人には考えられない手段を使ったに違いない。
しかし、ついていくと決めたからには、もう後戻りはできない。
「随分早歩きですね、晴道」
「競歩か? 受けて立つぜ!」
「……いや、どうぜ勝てないから止めておく」
晴道はがっくり肩を落とし、再び遅々たる前進に従属した。
芝生敷きになっている病院の前庭は、何も知らない人間が見れば公園だと思うに違いない。平和な都市にぽかりと作られた、静かで綺麗な公園だと。
そう、晴道たちの歩むこの場所は、平和な景色を抱いていた。
歩む人物たちの胸中など完全に知らぬふりをして、景色はただ、盛夏の始まりに身をゆだねている。芝生の向こうに林立する鮮やかな緑の樹々が迫るにつれ、前方から吹き付ける緩い風の頻度が増す。流れる空気の纏う潮の香りが、ここが島であるということを再認させた。
この樹々の向こうにはきっと、夏の海が待っている。
望みに望んだ脱出口にようやく辿りつける!
晴道の胸に、喜びと安堵が躍る。
よかった。爆発音なんて一度も起こらなかったし、考えすぎだったみたいだ。それに、セルもとっくにこの島を捨てて身を隠したんだ。
「退院証明とかどうすればいいんだろうなぁ……」
一カ月休学した学校に出す書類のことを、思わず考えてしまった。
どうでもいいか。ちょっと状況は違うけど、退院はできたんだから。そう思いつつ一人で苦笑し、ついに緑のゲートをくぐり抜けた。
一瞬落ちた木陰、そしてすぐに戻ってくる夏の日差し。
足を着いた埠頭の向こうには、陽に輝く海と、水平線に浮かぶ街の輪郭が広がっていた。
そして。
「……」
四人の足は、埠頭に入った直後にぴたりと前進を止めた。
晴道たちを迎えたのは、希望に満ちた景色だけでは済まなかったのだ。




