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3章の1

 夏の空は変わらず青と白のコントラストに飾られ、輝きの季節を満面に描き出している。芝生を揺らす風は潮を香らせ、空気の纏う夏をより深めさせる。

 昼下がりの時間。聞こえるのは、波が防波堤にかかる音と、深緑に染まった芝生を踏む足音。

 後者は四組の足によって奏でられていた。

「こっちが連絡橋なのか?」

 晴道は周りの風景を見回しながら、残りの三人に問うた。

「何だよ、一か月も入院してたくせに知らねぇのか?」

「ずっと病棟から出られなかったんだよ。外がどうなってるのか見たのは初めてなんだ」

 ミラは「へー」と頷くと、こちらを仰いでいた首を前に戻した。

「しかし晴道、何故学校の制服なんだ? 寝巻以外に着替えろとは言ったが」

「面会謝絶だったから、担ぎ込まれた時に着てたこれしか着替えが無いんだ」

 晴道、そして珠希、更紗、ミラの四人は、咲浜医療センターを後にし、連れだって芝生の広場を横断していた。目指すは本土との連絡橋だ。

 降って湧いたように現れたオルタの三人だったが、晴道の前に集結する前は、予め指示されていた役割分担に従って行動していたらしい。

 晴道の隣を歩く八ツ坂珠希は、断罪執行者の名の通り、危険と判断された変異種、即ち久澄への断罪。

 前を悠然と歩く三小田更紗は、久澄が変異種とみなした晴道に簡易検査を施し、どのような突然変異を持つかの調査。遺伝子検査には多少の専門知識を要するため、科学捜査員である彼女が動員されたのだ。

 そして更紗の隣、頭の後ろで手を組みながら歩く四堂ミラは、セルの研究施設である咲浜医療センター内部の捜索。身体能力を活かして院内に潜入し、第二病棟が丸々リコンビナントの生産施設であることを明らかにした。

【沖田晴道】を見つけ出したのが珠希だったのは、単なる偶然だったらしい。確かに、あの時久澄に連れ出されていなかったら、晴道が最初に出会ったのは更紗になる。

 久澄調。セルの構成員である彼は本日、自分の研究施設にオルタの捜査が入ると知っていた。そして変異種である自身に、八ツ坂珠希による断罪が下されようとしていることも。

「なぁ、訊いていいか」

 晴道は共に歩む三人へと問う。

「結局、久澄の突然変異は何なんだ?」

 自分の専門分野とみなしたのか、更紗が答えた。

思想改造ブレインウォッシュ、つまり洗脳だ」

「洗脳って……よく言う、相手に自分の考えを押し付けるってやつか」

「そうだ。洗脳ブレインウォッシュのルナを送りつけ、他人のシナプス回路を支配する。もっとも、奴の形質は発現強度が弱い。暗示レベルと考えていいだろう」

 晴道ははっと思い当った。

 第三病棟に移ってから、不可解な検査に抱く疑問がいつも収束していたこと。そして中庭で説かれた突拍子もない理論に、そんなバカなと思いつつも聞き入ってしまったこと。

 これらが久澄の洗脳による効果だとすると、自然と納得がいった。

「セルへの加担に晴道の承諾を煽ったのも、自分の突然変異の弱さを自覚していたためでしょうね」

 珠希は沈着に解析する。

「もし彼がより強い洗脳を身につけていたら、同意など確認せず、言いなりにしてしまえばよいのですから」

 もっともな意見だ。

 と、晴道は首を捻る。

「遺伝子の採取ってのは、細胞があればできるもんなんだろ?」

「そうだ」

「俺は入院中、かなりの回数検査されたぜ。その時に採った細胞があれば、俺の遺伝子も確保できたんじゃないのか?」

 更紗は腕組みした。

「確かに、お前がつい先日まで細胞生検されていたのは確かだ。肝臓付近の細胞を繰り返し採取していた痕跡がある。しかしな、突然変異の精密解析と言うのは、簡易検査と違ってかなりのサンプル量を必要とするんだ」

 うーむ、と科学の限界に苦悩するように唸る。

「遺伝子配列からRNAの立体構造を明らかにし、生じるルナの導く形質を明らかにする。そこまでに一カ月かかったのだから、遺伝子をリコンビナントに組み込める段階まで処理するには、更に多くの時間とサンプルを要するはずだ」

 晴道は納得する。

 洗脳では誤魔化しきれないほどに沢山の細胞を採取しなければならないから、久澄は自身の正体を明かし、遺伝情報を有効利用しないかと持ちかけたのだ。

 隣の珠希が口を開いた。

「ですから現在、リコンビナントへの遺伝子導入系が確立されている遺伝子は、自己消化アポトーシスの一つに留められているのです」

「ああ……言ってたな。自己消化が標準設定だって」

「こちらとしては、たった一つでもメソッドが確立されていたのは想定外でしたが」

 くっ、と顔をしかめて呻く珠希。

 憤る心中がありありと取れる珠希の表情に、晴道は複雑な気分になる。

 自己消化の遺伝子を組み込めたということは、その突然変異を持っている変異種がセルに同意し、構成員となって自身の細胞を供与したという事実につながる。珠希の憤りはそのためだろう。

 罪人がひとり、生まれた。

 そしてその事実が、彼女に断罪銃の引き金を引く意思を与える。

 珠希は今日、何度断罪銃の引き金を引くつもりだったのだろうか。

「……セルに久澄以外の変異種は何人くらいいるんだ?」

「セルという組織全体で何人なのかは判明していません。しかし、ここ咲浜医療センターに常駐しているのは、久澄調を加えて三人です」

 それにぎょっとする晴道。

「じゃあ、ここにはあと二人もいるってことじゃないか!」

「そうなります。しかも、残りの二人については突然変異の内容も明らかになっていません」

 焦る晴道の一方、さらりと答える珠希は全く動揺していない。更紗とミラも同様だ。

「そんな状況なのに、病院の正面をこんなに堂々と歩いて大丈夫なのかよ!?」

「心配するな。そうだろう、ミラ」

「ああ!」

 待ってました、とばかりに報告に入るミラ。

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