2章の5
問いの答えはある。
晴道はすぐさま、久澄によって教えられた単語を返した。
「発現抑制」
「さいれんす?」
そう反復したのはミラ。初めて聞く単語なのだろう、目を丸くしている。
半面、珠希と更紗は同時に表情を変えた。納得がいった、という顔の珠希。そして苦笑と喜笑が混じったように、唇をにやりと歪める更紗。
「やはりその類の形質か。それで傷害銃が反応しなかったんだな」
「二発目は目標が自分で無いことが明白だったため、結果に差が生じたというわけですね」
晴道の一言で納得している二人だが、しかし晴道は未だ何も掴めていなかった。
おまけに途中参加のミラは、
「何だよ! お前ら二人だけわかった顔して、オレ様にも説明しろ!」
と両端を挟む理解組の間でごねる。
晴道も便乗し、軽く手を上げて説明を乞うた。
「できれば俺も、もっと説明がほしいんだけど」
顎に手をやった更紗が、了承と頷いた。
「沖田晴道。お前は〝他の変異種の形質発現を妨げる〟という、実に稀な突然変異を持っているようだ」
意味不明だった単語に、ようやく砕けた解説が入った。
「先程、珠希が傷害銃を撃とうとしたよな。この銃に銃弾は装填されていない。銃口から発射されるのは珠希の作り出した細胞傷害物質だ。一発目は、お前が護身のために珠希の形質発現を抑制したから、障害銃は反応しなかったんだ」
「へー。お前、そんな変異種だったのか」
感心したように言うミラ。
確かに、更紗の説明はわかりやすい。
しかし晴道は動揺した。
「でも俺は……何も考えてなかったぜ?」
「反射的なものだろうな。火に触れた手をとっさに引く反応と同じく、銃口を突きつけられた己の命を守るために」
言いながら、更紗は珠希の方をちらりと見やる。
少女はいつもの真顔で晴道を見据えたままだった。
更紗は唐突に表情を変えた。
「珠希、なぜ障害銃を撃とうとした?」
詰問だった。
その問いに、ミラもはっと何かに気づいたように珠希を振り向いた。
「そうだぜ。相手が変異種の人間だったら、障害銃じゃなくて断罪銃を使う規則だろ?」
責めるような二つの質問に、珠希は視線を流し、バツの悪そうな顔で答えた。
「脅しを掛けようと思ったのです。元から外すつもりでした」
「お前らしくないな。そんなに奴の反発が気に食わなかったのか」
「……」
不意に珠希の目がこちらを向く。
「味方でない変異種は、危険分子に他なりません。もし彼――晴道が発現抑制という突然変異を社会のために行使する気が無いのならば、私は彼を断罪に処して然るべきです。あの時晴道は私に〝守られる意思〟を示しました。しかしそれが反故にされるのならば、私の行為は裏切られたも同然です」
淡々と答弁するも、その瞳は明らかに憤りを滲ませていた。
これには、さすがの晴道も反論した。
「裏切ろうなんてつもりは全く無い。あの時はリコンビナントから守ってくれて感謝してる。俺が嫌だって言ったのは、何の説明も無しにオルタの仲間に加わる事だ。敵に寝返ろうなんて事は全く思っちゃいないからな」
「しかし、私たちオルタの側につかないということは、敵――セルに味方するということです」
珠希はきっぱりとそう言い切った。
……両極端にも程があるんじゃないか。
味方ではない人物は、敵。
それが彼女の持論なのか、そしてオルタ自体の理念なのか、更紗とミラも、珠希の発言に対しては別段驚いた様子も見せなかった。
「……」
晴道は言葉を失ってしまった。
オルタか、セルか。
どちらかを選択しろと言われれば、無論前者だろう。セルは犯罪組織。違法なバイオテクノロジーや生物売買に身を染める組織だ。
しかし大手を振ってオルタにつけるかとなると……正直な所、頷くことはできない。
珠希に守られておきながら言うのもなんだが、彼女も〝リコンビナントを大量殺害〟しているのだ。それが合法であるにしても、そして殺した生物がヒトではないにしても、晴道から見れば珠希は紛れもない殺戮者だ。
そして更に彼女は――もう一つの銃で人間を殺そうとしていた。
「あんたたちが久澄を……殺す理由は何だ」
覚悟を絞り出し、問うた。




