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2章の4

「晴道。お前が気絶している時、簡易キットでお前の突然変異を調べさせてもらった。その結果、お前が変異種であるということは断定できたのだが……変異の内容まではわからなかった。オルタのライブラリには無い遺伝子配列だったからだ」

 更紗の傍の机には妙な器具が転がっている。それがキットなのだろう。

「オルタのライブラリには、オルタに所属する変異種の突然変異、そして一部だがセル構成員の突然変異が登録してある。しかしお前の変異はどれにも当てはまらなかった。全く新しい類の変異だということだ」

「……」

 更紗は晴道へ、真正面からの問いを放った。

「お前の突然変異は何だ。沖田晴道」

 自分の突然変異。晴道は既にその〝名称〟を知っている。

 正体はよくわからないが、問いの答えを求める科学捜査員へ、せめて名称だけでも返答しようと口を開いた。

 しかしそれは、闖入者の出現によってものの見事に阻まれた。

「そこに出やがったか!」

 そのセリフと共に投げ込まれたのは、

 ぶちぶちぶちがっしゃん!

 ものすごい騒音。前半は布の引きちぎられる音で、後半は花瓶が床に落ちて割れた音だ。

「!?」

「はっ?」

「おわ!」

 病室にいた三人は吃驚する。同時だった反応がそれぞれ誰のものだったか説明すると、上から珠希、更紗、晴道。

 そして皆一様に、床でうごめいている物体をまじまじと見つめた。

 カーテン……?

 晴道のその認識は正しい。病院特有の白亜の床板に着地し、もぞもぞしているのは、ついさっきまで窓に掛っていた薄いカーテンだ。

 無論カーテンに生命が宿ったわけではない。中に何かがいるのはカーテン越しでも確実だ。

 銀灰色のそれは、自分の体にからまったカーテンをかき分け、ついに脱出した。

「リコンビナントだな! 珠希。加勢するぜ!」

 珍妙な登場シーンに唖然としている三人の一方、出てきた人物はびしっと人差し指を突き出した。

 小柄な少年だ。

 腰まである銀灰色の髪は、伸ばしている意図がよく掴めないほど無造作。服装はこれまたシンプルで、長袖カッターシャツに、スーツっぽい折り目のついたグレイのパンツ。シャツには例のエンブレムが刺繍されている。

 指の先の珠希が固まっていると気づくと、少年の相手は晴道に移り変わった。

「お前がリコンビナントだな。オレ様が受けて立つぜ!」

 今度は親指を自分の胸に突きつける。

 自信満々の挑発だ。大きな瞳は明らかに輝いている。好戦的にも程があると呆れるくらいだ。おまけに一人称はオレ様。

「どうした? 珠希の一発で怖気づいたか? 来ないんならオレ様からっ」

 嬉々とした顔がいきなりがくんと揺れた。

「ぐぇっ! 何だよ更紗!」

 少年の頭を掴んだのは、憤怒の形相の更紗。

「……どうやらこの脳細胞は、よっぽど早死にしたがっているようだな」

 少年はぎょっと更紗を見上げた。

「さっ、更紗。落ちつけ」

「せっかく話を進めていたというのに、お前のせいで無茶苦茶になってしまったじゃないか」

「いや、ほらだって銃声がしたってことはリコンビナントがぁああやめろぉお!」

 弁明する少年の頭を、更紗は床にめり込ませんばかりの勢いでグリグリする。

「お前の早とちりだ! だいたい珠希がリコンビナントごときを仕留め損じるわけがないだろう。無駄に形質を発現させるな、この筋肉小娘が!」

「ぎゃあああ!」

 絶叫する少年――いや。

 小娘って、女?

 ウソだろ!?

 晴道は何よりもそれに驚愕した。確かに男にしては身長が低いし、顔も、今更言うのもなんだが随分可愛い。

 しかし……三階の窓から飛び込んできて、ふるまいは男以上に粗暴で、おまけに一人称はオレ様。

「珠希」

 晴道は思わず、呆れ顔で更紗たちを眺めている珠希に問うていた。

「あいつは……何なんだ? 女なのか?」

「ええ。ミラさんは女性ですよ」

 当たり前な口調で返される。

 こんなに〝女性〟という言葉が似合わない女子も、そうそういないだろう。晴道は先程までと別の意味で唖然としながら、ミラと呼ばれた少女を眺めた。

 その視線に気づいたのは、更紗。晴道の存在を思い出したのか、不機嫌そうな顔のままミラの頭から手を離した。

 ミラは解放されるやいなや、

「そうか、オマエが沖田晴道だな! やっぱり第三病棟にいやがったか!」

「……」

 びっ、と再び親指で自分を示す。

「オレ様は四堂しどうミラ。オルタの捜査員だ!」

 実に誇らしげに自己紹介する。指を突きつけた先の胸は真っ平らなのだが、本人は全く気にしていないようだ。

「確かに三階までジャンプするには突然変異を発現させたけどな、素面の走り高跳びもすげぇぜ? もちろん、短距離走とか重量上げもな!」

 見た目からは全然想像できない所業を自慢してくる。

 初対面で体力自慢を披露する少女なんて、世界中を探してもそうそういまい。

 そして更に、特異な遺伝子を持つ個体となるならば、恐らく世界に彼女ただ一人だ。

「あんたも変異種なのか」

「そうだぜ。でもな、変異が無くてもオレ様は強ぇぜ。見てみるかこの美しく割れた腹筋」

「〝超駆動ハイパードライブ〟。これがこの筋肉小娘の突然変異だ。まったく、こいつのためにある形質としか思えないな」

 ミラのセリフに割り込んで、更紗が説明する。シャツの裾に手を掛けてまくり上げようとしていたミラは、不服そうに更紗を睨め上げる。

「何だよ、やっかみか?」

「お前に嫉妬する人間は皆無だ。安心しろ」

 さらりとけなされるミラ。イマイチ言葉の裏が掴めなかったのか、眉根を寄せるも反論はしない。

「しかし腹筋はどうあれ、お前の超駆動も、そこにいる沖田晴道の前では何の働きも成せないかもしれないぞ」

「へ?」

 くるっ、とミラの顔がこちらを向く。

「私も気になります」

 すっと二人の隣に来たのは、珠希。

 オルタの三人は横一列になって晴道を向いた。三人並ぶと身長差が強烈に際立って見える。長身の更紗、小柄なミラ、そして中間の珠希。

「晴道。あなたは先程、私の突然変異――〝細胞傷害サイトトキシス〟を完全に抑制しました。あなたの持つ変異は、一体何なのですか?」

 珠希は自身の突然変異を告げると共に、晴道へと問いを投げた。

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