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2章の2

 沖田晴道は虚ろに目を開く。捉えたのは、この一カ月で何百時間見つめ続けたかわからない白亜の天井。真上から少しズレた所にある蛍光灯は点灯していない。しかし部屋は暗くない。昼間だ。

 いつから眠っていたんだ?

 朝はいつも通り起きた。それから検査と診察があって、その後医師に連れられて中庭に――

「っ!」

 がばっと跳ね起きる。ベッドに腰を置いたまま、ぶんぶん首を振って辺りを見回した。

 何で病室に戻ってるんだ!?

 疑問を叫ぼうとした時、病室内に見知らぬ人物がいるのに気がついた。

「お、やっと起きたか。治癒から昏睡脱出までのタイムラグは十二分。妥当な所だな」

 その人物は科学者じみた口調で言うと、立ち上がって晴道に歩み寄った。

 ひらめく白衣。

 晴道は思わず身構えた。白衣の人物に警戒感を覚えさせるは、途絶える前に得た記憶だ。

「あんた……この病院の奴なのか?」

「私か?」

 白衣の人物は男みたいな口調で訊き返す。

 こちらを見下ろしているのは白衣姿の長身の女性。二十代だろうか。緩いウェーブのロングヘアに、細身の眼鏡。眼鏡の奥にある目は、切れ長気味ながらもどこか飄々とした印象を与える。

 前のボタンを数個しか止めていない白衣は、彼女が身動きするたびに裾をひらめかせる。そしてその左胸には、どこかで見たことのあるエンブレムが刺繍されていた。

「珠希が殺さなかったのなら、私も名乗っていいんだよな」

 と、彼女は扉の方を見やった。

「ええ」

 晴道は頷きを送った人物を認め、目を見開く。

「珠希!」

「長い失神でしたね、晴道。一時は死んでしまったのかと思いました」

「あんたがやったんだろうが!」

 う、と珠希はバツの悪そうに呻くと、

「……その点に関しては心配無用です。既に治療済みですから」

 強気な口調で言うが、しかしやはり目を合わせてこない。

 とっくに治療済みだった所をえぐったのはあんただろ、と、晴道は非難の視線を珠希の横顔にぶつけた。

 と、

「ぐったりした男を引きずりながら顔面蒼白で駆けこんできた珠希は、なかなか見ものだったな」

 からかうように言った白衣の女性。

 珠希はきまりの悪い顔を見せる。

「それは……早急に治療を受けさせるべきだと判断したからです。晴道が気を失ったままでは今後の行動に支障が出ます」

「それにしてもあの慌てぶりは、オルタで出会ってから今までで一番おもしろかったぞ」

 ひとしきり珠希をからかうと、彼女は改めて自己紹介した。

「私は三小田さんこだ更紗さらさ。この珠希と同じ、オルタに属する……そうだな、肩書は科学捜査員になっている。この任務にもそちらの分野で参加している」

 更紗はいたずらっぽく笑む。

「怪我の治療なんて医者みたいな真似をさせられるとは、意外だったな。一応医師免許は取得しているが」

「あんたが俺を治したのか。でも一体どういうつもりで――」

「いや、治したと表現するのは間違っている」

 更紗は晴道の問いを遮って訂正を入れた。

「治させた、だ」

「?」

 首を捻る晴道。

「怪我の完治、つまり組織が損傷した状態から回復するという現象は、周りの細胞が増殖し患部を埋めることで成される。実際に怪我を治すのは医者ではなく、患者自身の細胞だ。私はその介助をしただけだ」

「言ってることはわかるけど……それじゃあんたは何をしたんだよ」

 現に痛みは完全に消えている。何らかの手が加わったことは確かだ。

 更紗は答える。

「損傷、つまり珠希の一撃を食らった組織の細胞を〝早送り〟させただけさ」

 簡潔に一言で教示されたが、

「早送り?」

「ルナ理論的に言えば〝細胞時間加速フォワードセルサイクル〟だな」

 ルナ理論。――久澄の唱えた、あの嫌に説得力のあった理論だ。

「RNAがどうこうして突然変異が起こるとか、そういうヤツのことだよな」

「知っているのか? おかしいな。珠希からは全くの無知と聞いたんだが」

「珠希が来る直前に久澄が教えたんだよ」

 あらぬ疑いがかかりそうだったので、早急に理由を明かしておく。更紗は頷いた。

「そうか。それなら再現して説明する必要も無いな。私はお前の患部組織を構成する細胞に早送りのルナを与えただけだ。それによって細胞は新陳代謝を加速し、損傷した部位は健康な細胞に全て置き換わったというわけだ」

 患部のあった腹部を指差して説明してくれる。

 しかし晴道の持っている知識だけでは追いつかない所があった。

「ルナを与えるって、遺伝子からできたRNAは体の中にあるものだろ? 他人に渡すこともできるのか?」

「以前の説明は中途半端な所で切られたんだな……どこまで知っているか把握できないのも面倒なものだ」

 更紗は実に面倒そうな顔で頭を掻いた。そのまま視線を珠希に送る。

「細かい説明は本部に戻ってからでいいだろう?」

 扉の所で腕組みしていた珠希は、更紗の怠惰な訴えを生真面目な顔で退けた。

「こちらに付く代わりに、この事件やルナ理論について説明すると言う約束ですから。それに【沖田晴道】をオルタに引き入れるに当たって、説明役を担うのは更紗さんということでしたよね」

 珠希の中では既に、晴道がオルタに加わるという事実ができ上がっている。

 仲間になるとは一言も言ってないのに……

 今意思表示しておかないと、珠希は晴道を置いて突っ走るに違いない。

 晴道はベッドから降り、扉の前にいる珠希に向き直った。

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