第七話「思ったより小さい」
結論から言えば、想像していたほど大きくはならなかった。
祭りの翌日から、暇を見つけては試した。
小さなものは自分の部屋で、水や石を使うものは、客の来なくなった地下室で。
冬の半ばまで条件を変えながら繰り返し、分かったことは一つだけだった。
俺の魔法には、上限があるらしい。
◇
地下室は寒かった。石の見本と工具を置く部屋で、窓は一つもない。
壁も床も石なので、吐いた息は白いまま、なかなか消えなかった。
収穫祭までは、客が見本を確かめるために何度も下りてきたが、祭りが終わり、雪が積もれば、大口の取引は春まで止まる。そうなると、この部屋には誰も用がない。
魔法を試すには、都合のいい場所だった。
まずは光の魔法から始めた。
天井の下、俺の背丈より高い位置。
大きさは頭ほど。明るさは日暮れ前の窓くらいで、しばらく消えない。
場所も明るさも、持続時間も大きさも決めた。
前の晩に、それだけ細かく指定すれば出せるはずだと考えたのだ。光は出た。
ただ、豆粒ほどしかなかった。
位置は思った通り。明るさも、消えるまでの時間もおおよそ合っている。違うのは、大きさだけ。
明るさを二倍にすれば、少し明るい豆粒が出た。
大きさを二倍にしても、三倍にしても、結果は変わらなかった。
俺は頭をひねり、別の魔法も試してみることにした。
次は水の魔法だ。
光より重いものなら、違う結果になるかもしれない。
厨房から空の桶を借りて床へ置き、なみなみと水が満ちるところを思い描く。
桶の底が、うっすら濡れた。
もう一度やると、目に見える程度の水量になった。
十数回繰り返して、ようやく柄杓一杯ほど桶に溜まっていた。
なんだ、この効率の悪い水差しは。
頭の後ろが重くなり、首の付け根を揉みながら座り込む。
しばらく休んでから桶のそこをまじまじと観察してみる。
水は澄んでいて、ただ底に溜まっていた。
蠢きもしなければ、勝手に消えもしない。
気を取り直して、石の魔法を試した。
棚には白や灰色、緑がかった石が並んでいる。玄関広間の床に敷かれていたものと、同じ種類だ。
抱えるほどの大理石へ手をかざし、持ち上がれと念じてみる。
びくともしなかった。拳ほどの砂岩も動かない。ただ、ほんの少しだけ浮いたような気がした。
さらに軽いものを探し、石畳の隙間へ落ちていた欠片に狙いを変える。
欠片は、指一本ぶんだけ浮いた。それより上へは行かなかった。
念じるのをやめると、乾いた音を立てて床へ落ちる。
って掌へ載せてみたが、重さを意識するほどのものでもなかった。
最後に、壁を直してみることにした。地下室の壁には、腰の高さを横切るヒビが一本ある。
祖父の代に建て増した継ぎ目で、そこだけ石の目が合っていないのだと、リーゼから聞いていた。塞がれ、と念じる。
何も起きない。
少し考え、やり方を変えてみた。
ヒビの中の埃を外へ出すよう念じてみる。細い糸のように、粉が垂れてきた。
その粉を集めて、ヒビの中へ戻す。押し込むように指定すると隙間に詰まり、水を混ぜて練るように思い描けば濡れた。
乾くのを待ち、指で押してみる。
ぼろりと落ちた。
ヒビは、少しも塞がっていなかった。
できたのは、埃を出し、元へ戻し、最後に床へ落としたことだけ。
気づけば、地下室はひどい有様になっていた。床には水が広がり、石の欠片が板の上へ並び、壁際には出したり戻したりした粉が小さな山になっている。
拭くものを探して立ち上がったところで、階段の上に灯りが見えた。
「坊ちゃま」
リーゼだ。
指先に光をともしたまま三段目で止まり、床を見て。桶を見て。最後に俺を見た。
「……何をなさっているんですか、こんなところで」
「実験だ」
「何の実験です」
「いろいろ」
リーゼは答えを待たなかった。残りの段を下りると、棚の下から布の切れ端を取り出し、桶の脇へ膝をついた。
そこに布があることを、俺は知らなかった。
彼女は袖をまくり、床の水を端から中央へ寄せていく。最後に一か所へ集め、布へ吸わせた。
俺が拭いたときには広がるばかりだった水が、二度ほど手を動かしただけで消えた。
「このような石の上へ水を置いたままになさると、輪が残ります」
「輪?」
「白いものが浮くんです。あれはなかなか落ちませんよ」
「売り物ですからね、これ。お客様にお見せするものです」
知らなかった。
「それに、先にマーゴが見つけたら、叱られるのはわたくしです」
「……なんでだ」
「坊ちゃまが叱られるとお思いでしたか」
一度だけこちらを見て、すぐ手元へ視線を戻す。
「ずいぶん幸せなお育ちですわね」
返す言葉がなかったので、俺は壁際の粉を集めた。片づけというより、証拠隠しだった。
「なあ」
「はい」
「光は、大きくならないのか」
「なりませんよ」
手は止まらなかった。
「わたくしのものは、儀のときからこれです。三年経っても、増えも減りもしません」
「型を教われば、大きくなるのか」
「型は、大きくするためのものではありません」
リーゼは布を絞り、桶の縁へかけた。
「きちんと出すためのものです。教わった通りに言えば、教わった通りに出ます。言い間違えれば出ません。それだけのことです」
俺は教わっていない。それでも思った通りに出せる。
ただし、教わった人間と同じ程度の大きさでしか出ない。
どちらが妙なのか、そのときの俺には判断がつかなかった。
「魔法のことが書いてある本は、どこにあるんだ」
「本ですか」
リーゼは、今度こそ手を止めた。
「神殿にはあるでしょうね。あとは、術者のお宅くらいでしょうか」
「うちには」
「ありませんよ。うちが買って、どうするんです。算術に明かりの魔法が要りますか」
もっともだった。
「書付や家業に関する資料でしたら、地下室の奥にいくらでもありますけれど」
リーゼは桶を抱え、顎で突き当たりを示した。そこには、黒い鉄の扉がある。
「見たことがあるのか」
「掃除で入ります。紙魚がつきますから、薬を置きに」
「入れるのか」
「入れていただくんです。勝手に入ることは、旦那様が禁じていらっしゃいますから」
彼女は扉を見なかった。
「鍵はハインさんがお持ちですよ」
それきり、その話は終わった。
俺が次に何を考えるか分かったうえで、あえて触れないようにしている気がした。
◇
その晩、寝台に座り、冬の間に試したことを頭の中で並べ直した。
桶いっぱいの水は出ない。柄杓一杯ほどなら出せる。大理石は持ち上がらない。
小さな欠片なら、指一本ぶん浮く。ヒビは塞げないが、中の埃は動かせる。
できないことが多い。
そう思いかけて、別の見方が浮かんだ。
一度に動かせる量が決まっていて、それを何に、どう振り分けるかだけが、こちらへ任されているのではないだろうか。
前世では、人の要望を寸法へ直す仕事をしていた。明るい部屋がいい、を、窓の高さと数へ変える。
広く見せたい、を、天井の高さや建具の割付へ変える。要望を口にする側は、寸法で考えていない。
だからこちらが訊き、決め、図面へ落としこむ。魔法も同じなのかもしれない。
壁を直せ、では動かない。
砂を出せ。
水を混ぜろ。
隙間を埋めろ。
水分を分離しろ。
規模は小さくとも、驚くほど正確に動く。そんな類の力なのではないだろうか。
白い部屋で女神と話した時は、無限の力を持つ万能の杖をもらったつもりでいた。
実際には、有限の力を持つ精密な工具を渡されたらしい。
女神は嘘をついていない。
想像した通りに実現する力だと言っていた。
実際、許された範囲では、光も水も石も、こちらが指定した通りに動いた。
想像した規模で実現するとは、一言も言われていない。
勝手に条件を足したのは、俺のほうだった。
◇
それから俺は、冬の地下室で柄杓一杯程度の水をためたり、床掃除ついでに地下室の砂埃を操作してみたり。
それらを混ぜてヒビを埋めて乾燥させるなど。そんなことを十数日繰り返してみた。
それより、気になることがあった。
自分の力が、何なのか分からない。
第一力は光だと、リーゼは言った。
なら、俺は何番目なのだろう。光も出せる。水も出せる。物も動かせる。
三つ使えるなら、三つの力を持っているということかもしれない。
そうなら、悪い話ではない。
三つとも豆粒程度ではあるが。
十力については、おそらくハンスや父に訊けば分かるだろう。
だが、訊けばなぜ知りたがるのかと返される。
問い詰められると説明が面倒だ。もしかしたら、儀を終えてないのに魔法が使えると知られれば異端審問にかけられるかもしれない。なら、自分で調べるしかない。
つまり、あれを読むしかない。
ファンタジー世界のお約束。
魔導書だ。
◇
ハインの手習いは、冬のあいだも続いた。朝の一刻、帳場の隅で文字と数え方を習う。
番頭の仕事の合間なので、しょっちゅう中断した。中断しているあいだに、俺が勝手に先を読んでしまう。
「若旦那様は、覚えがよろしい」
ハインは毎回そう言った。だが、それほど不思議そうな顔はしなかった。
病のあとで頭がはっきりした。そういうことになっている。
便利な説明で、俺もそろそろ寄りかかり始めていた。
冬の半ばには、帳場の書付なら、おおよそ読めるようになった。
納品の控え。荷の受取。職人への支払い。
文字そのものは難しくない。難しいのは中身で、こちらは字が読めても分からないことが多かった。
ある日、ハインが古い紙を一枚見せてきた。線が繋がっていて、どこで一字が終わるのか分からない。
同じ言葉で書かれているはずなのに、絵にしか見えなかった。
「これは古い書き方です」
ハインは笑い、その紙を元の棚に戻した。
初見で読めるとでも思ったのだろうか?
こっちは数週間前まで文字すら読めない子供だぞ。なめないでほしいものだ。
「大旦那様の代の証文ですよ。若旦那様が覚える必要はありません」
覚える必要のないものが、この家には山ほどあるらしい。
そして、そのほとんどは例の地下室の奥。資料室に保管されているとのことだった。
◇
三日間、屋敷の動きを観察した。
父が石座の寄合へ出て、ハインが帳場から離れられず、マーゴが物見台で洗い物を取り込む日。
リーゼは厨房で、春まで食べる豆を選り分けている。
四日目の昼食後、それ以上はない頃合いを見計らい、地下室へ下りた。
鉄の扉は、近くで見ると思っていたより大きい。黒く光る錠は、俺の顔より重そうだった。
鍵はハインが持っていて、もちろん俺は持っていない。だが、試してみたい方法があった。
中がどうなっているかは知らない。それでも鍵を差して回すなら、回されて動くものが中にあるはずだ。
麦粒ほどの光を出し、鍵穴へ入れる。頬を扉へつけて、中を覗き込んだ。
板が何枚か、縦に並んでいる。
下から支えられ、鍵の歯が当たるところに段が切ってあるようだ。
一枚目を持ちあがるよう、念じてみる。
動いた。
同じ要領で二枚目も上がった。三枚目に取りかかったところで、一枚目が落ちた。
何度かやっても同じ三枚目で落ちてしまう。
上げる順番を変えてみる。手前からではなく、奥から。
落ちる前に次を持ち上げ、上げた板が掛け金を押すようにする。
そうして無事四枚目を持ち上げると、掛け金が横へ滑り、かちり、と音がした。
立ち上がろうとして、腰が固まっていることに気づく。
半刻ほど、鍵穴を覗いたまま同じ姿勢で座っていたせいで少し筋を痛めたらしい。
扉を肩で押し、身体半分ぶんだけ開ける。
十歳の身体を隙間へ滑り込ませ、中へ入った。
中は真っ暗だった。
紙と本革と、埃の匂いがした。
豆粒の光を一つ出す。闇へ目が慣れると、棚が見えた。
天井まで続き、紙の束が奥行きいっぱいに詰まっている。
ここがこの家で、最も多くの情報が集まっている場所だと思うと、胸が高鳴った。
何が書いてあるのか。ここで何を知れるのか。
そればかり考えていた。
だから、背後の扉がわずかに開いたことに気づかなかった。
「悪い子ですね、坊ちゃま」




