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【魔法少女リリカルなのはViVidの感想】レビュー 1話〜6話

【注意】

個人の感想です。



【感想】

コンセプトとしてはスポ根だと思う。

今までのリリカルなのはにおける「孤独」とか「人とのつながり」とか、そういったテーマを完全に逸脱した作品だというのが私の感想。


なので、今までのリリカルなのはの系譜をもとに視聴すると正直面白くないと思う。特に、なのフェイ目当てで見ると何を見せられているのかわからないと思う。しかし、濡れ場が多いのでそこはいいのかもしれない。


個人の感想としては、非常に失礼だと思うけれどそんなに面白くない。それにはしっかりした理由がある。


なんだろう、初代やA'sでのテーマはストライカーズでもしっかりと受け継がれていた。具体的には「孤独」や「人とのつながり」である。

また、初代からストライカーズに展開されていく中で、より一層事件の規模が大きくなっていたのも良かったと思っている。


そういう過去があったのでViVidを見た時、規模のあまりの小ささから腰を抜かしてしまった。


スポーツ根性(スポ根)というジャンルであると考えると、規模感が小さいのもある程度は納得はできると思う。

けれど私個人の話だが、私はスポ根の作品を一度も見たことがない。そもそもスポーツアニメが好きじゃない。(ただの食わず嫌い)

なので、そもそも自分にこの作品のコンセプトがあっていなかったのだと思う。

しかしこれは実は結構重要なことで、今までのなのはにハマる人たちが脱落してしまうようなジャンル切り替えを行なったのは結構悪手だと思う。なぜなら、ViVidを楽しめるのは、前提として今までのなのはシリーズをみてきたファンであること、そのくせして今までのなのはシリーズと面白いと思える視聴者層が違うスポ根表現を楽しいと思える感性を思ってい人だけだからである。


つまり百合作品の続編で男子が登場しBLが始まった時のようなものである。その百合作品のファンでかつ、BLも好きな人向けになるという意味である。




…ここまで読んでいると、すごい批判ばかりしている厄介で害悪な奴にしか見えないと思う。多分、事実だと思う。


自分でも自分が嫌になる。素直に楽しめたらいいのに、なぜかViVidだけはこういう感想ばかりになってしまう。

それほど初代A'sストライカーズでリリカルなのはへの期待が高まっていたのだと思う。


主役が交代したりするのは個人的にはそこまで嫌ではない。実際、長寿作品というのは主人公が交代してからも人気であるかどうかで決まると勝手に考えている。

ガンダムなど、主役が交代しても続くものはそれほど世界観に魅力があるのだと思う。


ストライカーズで実際、主役はなのはからスバルに変わった。けれどストライカーズは私は大好きだし、その点で言えばストライカーズの時点で主役交代には成功していたのだと思う。(ジャンルは変わらなかった。)


ViVidに関しては本当に、今までのリリカルなのは系譜で見るのではなく、スポ根スピンオフとして見るべきだと勝手に考えている。



【感想 ②踏み込んだ正直な感想】

ここからもう少し個人的な正直な感想をしていこうと思う。気分を害されたらすぐに離れて欲しい。


まず私はキャラクターの外見においても結構好みというのがある。私は眼鏡キャラとオッドアイキャラの良さが分かっていない。


どれだけいい物語でそのキャラクターの内面を掘ろうともどうしても外面だけで大きく印象が自分の中で悪化してしまうという意味で、メガネキャラやオッドアイキャラの良さが私は分かっていない。


その子達が主役でなければそういうものだと思って観れるのだが、

やはり主役となると作品自体が主役中心のシナリオの展開をする。

すると、どうでもいいキャラのことで延々と話が展開されるため、倦怠感が出てしまう。


そう言った経緯が実はこのViVidにもある。

ヴィヴィオのストライカーズの時の、前髪を左右どちらも下ろしている姿はたとえオッドアイだったとしても私は受け入れることができた。


しかし、ViVidになると前髪の左右で上げているのと下ろしているのが別々になってしかも主役になった。そのせいで自分はヴィヴィオの外見に対して第一印象で良くないイメージを持っている。正直苦手なルックスである。これが個人的な作品全体への感想を悪化させているのだと思う。




そしてそれを挽回するには感動的なストーリーでヴィヴィオの内面を深掘りしたり、重厚なシナリオで外見以上の価値あるものを魅せるという行為が必要なのだが、

今回はスポ根というのもあり、そこまでヴィヴィオの人間関係や人生観を見せてくれるというような感じではない。


ごく普通の恵まれた家庭の少女が格闘技に出会って成長する過程を見せるだけであって、そこに世界の危機や孤独といった規模の大きな問題や精神的な苦しみを表現することはない。

試合に勝てるか、相手はどんな技を繰り出すか、そういったものである。


だからどうしてもヴィヴィオに対して私が持っている悪い第一印象がどうしても拭えない。その状態のまま第6話まで来てしまった。



【感想 ③ViVidの演出について】


私は非常に感覚的な言葉だけれど、ViVidの戦闘シーンについてはずっと遠景で見てる感じだと捉えている。


A'sや初代のリリカルなのはでは砲撃などにおいて桁違いに大きい魔力量や威力を示すために画面一杯に染まるエネルギーや、

ビームも最初からピンク色の柱が相手に向かって進むのではなく、その柱の半径を収縮させながら相手にぶつかる。

また魔法を打つ前に魔法陣が展開されて回転するなど、とにかく演出を過大表現して、何が起きているか詳細はわからないけれども迫力があるという演出が主に行なわれていた。


そういった魔法を見せるというより、もはや魔法を現象として見せようと表現しているところに私は良さを感じていた。



ViVidに関しては私の偏見だが第6話の合宿の練習試合まで見た状態で話させていただきたい。


まず攻撃の描写が直接的すぎる。

ビーム攻撃はピンクの柱を相手に飛ばしているだけでしかないし、

弾幕が相手に向かっていく時も画面外に消える球や残像、熱を感じる弾幕の周囲の様子などが見られず、

ただ単に、今ビームを打ちました、今弾幕を放ちました、今蹴りを入れましたというような直接的表現に成り下がっている気がする。


アインハルトが弾幕を撃ち返すシーンが6話では重要なところだったと思うが、どうしても迫力が足りない。

カラーボールを跳ね返してるだけにしか見えない。

振動とか爆発音とかがここまで伝わってこない。


そう思ってA'sや初代の戦闘シーンを見返してきた。

するとより一層この思いが強くなった。


ViVidと以前のなのは作品群では戦闘の書き方に大きな隔絶があると思う。

制作会社が大きく変わったから、というのが原因なのかもしれないし、主役がヴィヴィオに変わり、事件というよりも成長物語的なスポ根に移行したからかもしれない。


色々な複合的な要素が影響したと思われる。


先ほどまではデメリットばかりいっていたけれど、メリットもたくさんある。


オッドアイはそのキャラが持つ二面性や特別性を外見からも魅せることができるので、

聖王の末裔であるヴィヴィオには適していると思うし、

戦闘描写もスポ根として相手がどんな攻撃をしてきたか、というのを正しく受け取るにはある程度の直接的表現が必要だったようにも思う。


とはいえ今までのリリカルなのは作品群とメリットデメリットの取り方において変化しているのは事実だ。

最近の流行りに合わせたのか定かではないけれど、

私個人の感想としてはViVidのこれらの部分に対してはそこまで好きではない、という感想になってしまう。


でもそれは作品としてダメだったというわけではない。今回は単に私が作品に求めていたものがずれていただけである。自分の好き嫌いと作品に魅力があるかどうかは違う。


私は好きではなかった。けれどもスポ根好きな人にとっては大いに良いものだと思えると思う。


感想はここで終わろうと思う。








今からは愚痴を吐いていこうと思う。

もうほとんど決めつけにすぎないので嫌な気分になったらすぐに見るのをやめてほしい。


【愚痴 ①怒り】


私はリリカルなのはが大好きである。

財布には110円しかなかったけれど、やりくりしながら魔法少女リリカルなのはA'sのノーラCを購入して読んですごい幸せになったし、noteでもこうしてなのはの感想をよく書かせてもらっている。


だから今回のViVidは正直怒りが勝った。

中途半端だ、本当に。


どう中途半端か。


まず、なのフェイを見るために見ても全く面白くない。


それは旧作品と新作品が中途半端に融合しているからと言える。


なのフェイのためだけに見るには、あまりにも新作品の圧が強いのだ。

もういっそ別作品としてみてしまう方が良いのでは?という感じでさえある。

そのくせして、旧作品とジャンル自体が違う。そのため、旧作品が好きだった人たちからすれば、新作品の圧が大きいくせしてジャンルも違うので本当に何を観ているのかわからなくなってしまう。

そういう構造上の問題点があったように思う。


あとそもそもだが、主役キャラ二人ともオッドアイにしたのは正解だったのだろうか?

アインハルトは前髪が長くて目を間に通すような特徴的な髪型をしているし、ヴィヴィオも前髪を左右で変えた特徴的な髪型になっている。

主役のどちらもが一般的なキャラの外観ではないのになっているのもあり、より異質感を感じる。


正直テーマの話をするのはこのジャンルに適していないかもしれないが、何をやっているのかがかなり曖昧で、観ていて辛い。


ヴィヴィオが実際に今何をしているのかと言われれば「修行中。」という答えしか返ってこないし、今現在ヴィヴィオが修行する理由もそれによって成りたいものもそこまで魅力的なものではない。

母親に憧れて、などの理由でしかない。惹かれない。


アインハルトも古代ベルカの話を用いたのはいいけれど、結局何がしたいのかわからない。ふしぎちゃんで、そのせいで彼女自身の主張もはっきりせず、古代ベルカの話がうまく物語の中で展開できていない。


そのせいで古代ベルカの話をするときはいつも聖王と覇王の二人の決まった回想しか流れない。

それにそもそも大昔に終わったことで、その世界にタイムスリップするわけでもなければ、現実世界に生きるヴィヴィオたちに直接干渉することもないので、

結局アインハルトの中で閉じている。そのため覇王の話を進めようにも、アインハルトが自分で納得するかどうかという、アニメで描写しづらく変化がわかりづらい結末になりがちになる。見栄えが悪い。


ヴィヴィオはアインハルトと仲良くなって練習を一緒にしたい。けれどアインハルトはヴィヴィオに対して強い人というくらいの感情しかない。

これは初代のなのフェイの関係と似ているけれど、初代ではフェイトは家庭環境に大きな問題があり、それをめぐって物語は進んだ。


でも初代と違って緊迫感は何もない。

ただの友達になるまでの二人でしかない。

かといって、その方向で日常系にいくわけでもない。覇王という言葉が持つテーマや重みが示されないまま、アインハルトはヴィヴィオに心を開かない。

どういう問題があるから心を開いていないのか、どういう展開が二人の中にありそうか、という今後の展望について第6話時点で何も見えない。


初代と同じ関係性でやりたいなら、せめてアインハルトの家庭環境くらいは見せてほしい。今までのリリカルなのは作品群と勝手が違うといえど、初代と同じ関係性を持ち出したのならそこは統一するべきだと思う。


アインハルトの家族が現れない時点で、アインハルトにおける全貌は明かされず、私たちは真に彼女の抱えている問題も何もわからない。


今ままでリリカルなのはが大事にしてきた「孤独」「家族」というテーマがアインハルトにだけ程をなしていない。不思議ちゃんであることから「孤独」という要素も感じにくい。

せっかくヴィヴィオはなのフェイとの「家族」があるのにそこでも動きが見られない。ヴィヴィオが親に反抗するシーンが今後あるのなら話は変わるが、スポ根という性質上それもないだろう。すると家族というテーマもうまく機能しない。今回のViVidでの家族というのはただの舞台装置でしかないということだろう。


そうなれば本当に今までの作品と違うのだなと思えるようになる。


表面上で生活する彼女らが格闘技というもので友情を深める。


そこにテーマなどもうほとんどないじゃないか。


まあ実際、大人変化というギミックを入れている時点で、ヴィヴィオたちが大人に成長してからのことを本気で書くつもりはないのだろうが。

大人になってから大人変化しても見た目は変化せず、大人変化の良さがなくなってしまうためである。


やはりスポ根として、単純に彼女たちの成長を見るだけに意識を置くべきなのだろうか。

いや、それなら初代もA'sもViVIdより迫力があり感動があり切なさがある中で成長も入れられているが。

それに過去作品での成長というのは家庭環境に問題があって母親に虐待されていたフェイトが友達を知りついには自らが母親として愛情を注ぐようになったというような種類の成長であって、


ただ単に、戦闘能力が上がったなどの単純な能力成長ではない。


前者の方が圧倒的に重みがあって魅力があると個人的に思う。だからこそ、それら含めて私にViVidは合っていないのだろう。


【最後に】

本当に不快な文章になってしまったことを深くお詫びする。

一応さいごまで見るつもりだ。

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