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【魔法少女リリカルなのは】「第10話第10話「それぞれの胸の誓いなの」考察と考察



【考察 ①リンディによる優しい説教】

今回はリンディにも焦点が当てられていたように思う。リンディとは時空管理局の艦長の名前だ。


冒頭で、第9話での"なのは"とユーノによる命令無視への叱責が行われた。しかし非常に甘い叱責で、みている我々からすると、どこか小学校の先生が子供に言い聞かせているようにさえ思えた。


しかし、この演出は複数の目的を果たしている素晴らしい演出だと私は考えている。というのも、リンディはこの後、自宅に戻ってきた"なのは"と共になのは宅へお邪魔して、"なのは"が10日ほど家を開けていた間のことを話すママ友的役割を担うからだ。そこでは、ある程度人情のあふれた女性像が求められるのだが、冒頭の優しく説教しているシーンがそれを間接的に示していると考えることができる。


もし、冒頭でテレビ版ガンダムにおける命令違反を起こしたアムロを独房にぶち込むブライト艦長のようなきついお仕置きをリンディがしていれば、確実にその後のママ友役は不一致であっただろう。ブライト艦長がママ友役になれるだろうか、いやなれない。


そしてもう一つ、この甘い説教の良さがあるのだが、それは考えやすい事柄である。そう、フェイトの母親との対比である。

フェイトの母親であるプレシアは、ジュエルシードを十分に集められず、好機を逃してしまった娘であるフェイトを痛めつけた。その様子に耐えきれられなくなって叛逆したアルフを傷つけ追放した。


そんな凄惨な説教に対比する形でリンディの甘い説教は働いている。これがあるからこそ、プレシアのシーンで、


「娘相手にこんな仕打ちは許せない」

「あまりにもひどい。」


という感情が芽生える。また、"なのは"の環境とフェイトの環境がどうしたって大きくかけ離れていることも分かる。


冒頭の優しい説教は、その描写以上にさまざまな働きを持つ優れた演出だと思える。


【考察 ②苦しむフェイト プレシアの胸の内は】

以前にもフェイトが鞭で苦しんでいる描写は幾度も繰り返されてきた。それがあったからこそアルフの叛逆があったわけだが、もっと象徴的にこの描写はある事柄を示しているように思う。


それは、「親による子への扱い」という大きなテーマである。


プレシアという母親はフェイトという娘に対して、自分の欲望を押し付けて、失敗すれば体罰を繰り返した。「お母さんを悲しませないでよ。」という言葉はフェイトを可愛がる気持ちなど一切なく、母親である自分を可愛がっているようにすら思える。


高島士郎という父は高町なのはという娘に対して、遠くで見守り、娘自身を信頼した。第10話では父 士郎は、


「明日は朝早くからまた出かけるんだろ?」

「まぁ"なのは"は強い子だからな。父さんはそれほど心配していないよ。」

「頑張ってこい。しっかりな。」

テレビアニメ魔法少女リリカルなのは第10話20:47

との発言を"なのは"に対して言っている。自分の娘が何をしているかを詳細に知っているわけではないが、けれども娘を信頼をしていて、行動を任せている。


これらから、信頼する理由が両者で違うことがさらに推測できる。


プレシアは信頼する理由に、自分がそれを知っていることを求める。フェイト自身を信頼しているわけではないが、それでもジュエルシードをとってくるという大事な仕事を彼女に任せていることからその点で信頼しているのは事実だろう。

信頼しているのは、フェイトがジュエルシードを集められるほどの腕前であること。赤ん坊にジュエルシードを集めさせるのには無理がある。失敗しても仕方ない。だからこそフェイトの腕前をある程度信頼しているというのは頷ける。

つまりフェイト自身の未来を見ているというよりかは、フェイトの持つ腕前を信頼しているという結論になるだろう。



一方、高島士郎は"なのは"を信頼する理由に、"なのは"なら一人でも大丈夫だろう、という考えがある。過去にも"なのは"は一人で悩んだりしたことがあるが、それでも一人で彼女なりに解決できたことを知っているからだ。それゆえに、たとえ不明瞭な情報しかないまま家を開けるという事態になったとしても、"なのは"を本心から信頼できるのだろう。




【余談】

ちなみに第9話では、士郎は喫茶店を開いてすぐに大きな怪我を負ったことが説明された。第10話でプレシアもまた、前は偉大な魔術師だったが、実験における致命的な失敗をしたことが説明された。


二人の親は同じような「失敗」という過去を抱えている。


この経緯をある程度共通させた理由などは今のところ思いつかないが、終盤で明らかになるかも知れない。




【考察 ③苦しむフェイトの断末魔】

少し驚いた箇所がある。それは、フェイトがプレシアに鞭で痛めつけられているシーンなのだが、今までフェイトは声を抑えて鞭を受けていたように思う。しかし、第10話ではある一場面で声を抑えずに痛みを発したシーンがある。




一方、フェイトは再度プレシアからの激しい叱責を受けていた。

鞭打たれながら、フェイトはなのはの言葉を思い返す。

「ともだちに、なりたいんだ…」

長い叱責が終り、プレシアが姿を消したころにはフェイトは傷だらけで気を失っていた。

魔法少女リリカルなのは公式ホームページより



ここで、フェイトは初めて"なのは"を思い出し、その直後の鞭に対して痛みの叫びをした。ここには因果関係がありそうである。



そこで考えるのは、なぜ今までは痛みを抑えていたのか、である。


「抑える」というのは「我慢する」というふうにも置き換えられ、今回は「我慢する」の方が考えやすいかも知れない。


痛みを我慢していた理由。それは痛みを痛みと思いたくなかったから、もしくは痛がっているということを思われたくなかったからではないだろうか。


フェイトの母親への思いはこの作品全体でもダントツで重い。


そんな母親による鞭を彼女は痛みとして感じたくなかったのではないだろうか。痛がっている姿を母親に見られることで更なる失望を避けたかったのではないだろうか。


けれどもフェイトはこの回で抑えずに痛みを口で発した。"なのは"による「ともだちに、なりたいんだ…」という言葉を深く考えていたからこそ余裕がなかったのかも知れないが、彼女が自分を母親だけに向けていることに彼女自身が疑問を感じたというのが理由なのかも知れない。


この後、フェイトが"なのは"と友達になる時は来るのだろうか。




【考察 ④"なのは"の友人】

以前、第5話あたりの考察で、『話がどんどんフェイトの方へ傾いていく展開の中で、"なのは"の学友たちはどのように接続されるのだろうか』ということを考えたことがある。


その時の結論としては、


フェイトは孤独である。"なのは"はフェイトと友達になろうとしている。"なのは"にとっての友達はすずかとアリスである。ゆえに、学友の二人ともう少し仲良くなって、友達の素晴らしさをフェイトに見せた上で、友達にならないか?と求める筋書きなのかも知れない。もしくは何かもっと別の意味で直接的にフェイト側とか変わるのかも知れない。

過去の私の記事より

このような趣旨のまとめがされていた。

この第10話で学友が再び前に出た。怪我をしたアルフが泊まる場所として使われたのだが、それがメインではない。


第5話ほどで語られた、アリスが怒っていた理由。これはすずかにだけ打ち明けられたものであったが、それを"なのは"についに直接言う事が出来た。そしてそれに対して"なのは"が答えた返答がとても重要である。


アリサたちのもとに戻ったなのはは、久し振りの友人とのひとときをしばし過ごす。

吹っ切れた様子のなのはに、これまでの思い…「なのはがどこか遠くに行ってしまいそうだった不安」を告げるアリサと二人を見守るすずかに、「どこにもいかない」と笑うなのは。

魔法少女リリカルなのは公式ホームページ

「行かないよどこにも、友達だもん。どこにも。」

「どこにも行かない。私はちゃんとここに帰ってくる。」

「ただ少しだけいつもと違う時を過ごすこと。」

「それはこれから先、自分らしくまっすぐいるため。」

「後悔しないようにするための小さな旅。」

アニメ第10話

この"なのは"の返答には、友達という関わりの意味と、魔法少女への"なのは"の考え方が大いに表されているように思う。しかもこの後、父である士郎に「いい顔になったな。迷いは消えたのか?」と言われている。つまり今まで迷っていたことが解決し、その答えこそがこの返答ということではないだろうか?


まとめると以下である。




どこにも行かない、帰ってくる所こそが友達。


後悔しないように、自分らしくまっすぐいるために、ただ少しいつもと違う時を過ごす小さな旅こそが魔法少女。


そして同時に、"なのは"による友達と魔法少女への捉え方がこれであるならばフェイトにはそれらがない。欠如している。そうわかる。


フェイトに友達はいない。自分らしくまっすぐしてもいないし、後悔もしている。何より苦しんでいる。


だからこそフェイトを助けたいという感情が芽生えたのだろう。少なくとも、"なのは"が悩んでいるというのはこの作品の背骨の一つだった。その悩みを解決できたシーンにおける解であるこの言葉には作品のテーマが凝縮されているように思う。




【信ぴょう性は保証できない私の予想】

第10話の最後ではお互いのジュエルシードを全て賭けた本気の勝負が始まる。フェイトは母親の件もあっておそらく"なのは“と本気で戦うだろう。しかし負ける。そして死を受け入れたところで“なのは“が手を差し伸べる。しかし賭けに負けたのは事実で、母親プレシアは怒る。それに対して若干怯えたフェイトを庇うように“なのは“が立ちはだかる。


しかし構わずプレシアが“なのは“を痛めつける。けれど“なのは“は耐える。それに対してついにフェイトが問う。


「なんであなたは私を守るの?」


それに対して“なのは“が「友達だから。」と答える。


そこから巻き返す“なのは“と共に時空管理局が到着。今まで能力を発揮してこなかったクロノによる壮大な魔法が行われてプレシアは倒される。それに対してフェイトは叫び慌てるが、無言で止める“なのは“。


「もう終わったんだよ。終わったんだ。全て。」

そうして一段落する。


こんな展開がありそうな気がするのだが、というよりもし自分が脚本をするならこういう感じで書きそうなのだが、実際はどうなのだろうか。


是非とも続きが楽しみなところである

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