第30話 測れない効果
「効果があるかどうか」は、制度にとって重要ではない。
重要なのは、扱えるかどうかだ。
会議室の空気は、いつも通り整っていた。
誰も焦っていない。
問題が起きていないからだ。
「神殿周辺での滞留行動についてですが」
分析担当が、資料を映す。
「問い合わせ再訪率との相関が、弱いながら継続しています」
数値は、控えめだ。
誇張できるほどではない。
「因果関係は?」
誰かが問う。
「確認できていません」
それで、本来は終わる話だ。
だが、この日は、続いた。
「ただ……」
分析担当は、言葉を選ぶ。
「再現性はないものの、否定もしきれません」
否定できない。
その言葉が、場に残った。
エリオ・クレインは、腕を組んだ。
「結論を出す必要はありません」
彼は、穏やかに言う。
「扱えない以上、制度には載らない」
それが、正しい判断だ。
だが、別の声が上がった。
「整理は、しておくべきでは?」
提案だった。
介入ではない。
測定でもない。
ただ、整理。
「誤解が広がる前に、説明を」
その意見は、善意に満ちている。
人々が、神殿に「効果」を期待し始める前に、
違うのだと伝える。
それは、秩序を守る行為だ。
エリオは、少し考えた。
「……説明内容は?」
「現時点では、効果は確認されていません」
「安心感は、個人差によるものです」
「制度としての関与はありません」
すべて、事実だ。
嘘はない。
隠しもしない。
「問題ありません」
エリオは、そう判断した。
その結果、簡潔な告知が出された。
神殿付近での行動について
現時点で、制度的に確認された効果はありません
安心感などの感覚は、個人差によるものです
本制度との直接的な関係はありません
否定していない。
ただ、位置づけただけだ。
リア・ノートは、その文面を見て、わずかに眉をひそめた。
「……触れましたね」
「触れただけです」
エリオは答える。
「測ってはいない」
リアは、それ以上言わなかった。
その日の夕方、神殿の前に立つ人の数は、変わらなかった。
減りもしない。
増えもしない。
告知は、効いていないように見えた。
いや――
効かせる対象が、違っていた。
神殿に立つ人々は、告知を読んでいない。
読んだとしても、関係がない。
彼らは、効果を期待していないからだ。
ただ、そこに立っている。
制度が否定しても、肯定しても、
その行動は変わらない。
俺は、それを見ている。
測れない効果は、
測ろうとした瞬間に、意味を失う。
今回、制度は賢明だった。
測らなかった。
介入しなかった。
だが、言語化してしまった。
それは、線を引く行為だ。
こちら側と、向こう側。
その線は、今は薄い。
だが、一度引かれた線は、消えない。
次に来るのは、排除か、回収か。
そのどちらでもない第三の選択が、
まだ、世界には用意されていない。
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