第20話 旧式に触れる
最初に違和感を覚えたのは、数値ではなかった。
リア・ノートは、端末に表示された手順を見つめながら、指を止めていた。新手順は、簡潔で、無駄がなく、判断を挟む余地がない。
それが、正しい。
正しいはずなのに。
視線を横にずらすと、古い資料が棚の奥に残っているのが見えた。廃棄対象ではないが、参照されることもほとんどない旧式の記録だ。
リアは、周囲を見回した。
誰もいない。
監視カメラはあるが、規定外の行動をしても、数値が正常なら問題にならない。
彼女は、静かに古い資料を引き出した。
旧式の手順は、回りくどい。
前提条件が多く、曖昧で、説明もしづらい。
そして、その中心に、神性という言葉がある。
「……今さら」
小さく呟く。
神性反応はゼロ。
測定もされていない。
それでも、旧式はその存在を前提にしている。
リアは、被験区域のログを見返した。マルタの数値は、今日も基準内だ。だが、微細な遅延が積み重なっている。
このままでは、何も起きない。
そして、何も止まらない。
リアは、決めた。
公式記録には残らない形で、旧式を試す。
観測としてではなく、補正として。
手順は、慎重に進められた。
新手順を外すわけではない。
その周囲に、旧式の要素を“重ねる”だけだ。
祈りはない。
儀式もない。
ただ、かつて「意味がある」とされていた工程を、なぞる。
実行後、リアは息を詰めて、数値を確認した。
――異常なし。
それだけなら、いつも通りだ。
だが、次の更新で、彼女は目を見開いた。
マルタの行動遅延が、わずかに減っている。
誤差範囲。
説明不能。
だが、戻っている。
リアは、何度も確認した。
ログは壊れていない。
入力ミスもない。
「……なんで」
答えは、どこにもない。
リアは、すぐにこの結果を報告しなかった。
報告すれば、再現性を問われる。
再現できないものは、切り捨てられる。
その夜、被験区域の巡回記録が更新された。
総合評価:問題なし
微細変動:誤差範囲
いつもと同じ文面だ。
だが、リアは知っている。
旧式では、悪化しなかった。
翌日、マルタは、少しだけ早く歩いていた。
本人は、気づいていない。
周囲も、気づかない。
だが、リアには分かる。
数値には出ないが、確かに変化がある。
リアは、資料を閉じた。
旧式は、完成していない。
説明もできない。
それでも。
なぜか、壊れなかった。
その理由を、誰も説明できないまま、
世界は、新しい手順を「完成形」として進めていく。
リアは、初めて思った。
このまま進んではいけないのではなく、
もう、戻れないのではないかと。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




